本質
生後三ヶ月の息子と二人暮らしを始めた新冊梨華を、銀條朱音は毎日のように訪問した。と言っても、食料品を差し入れたり、何か必要なものがあれば買ってくると告げてお使いに出る感じだったが。
あれこれと口出しする訳ではなく、ただただ親切にしてくれる朱音に、一週間もすると梨華は気を許すようになっていた。基本的には人懐っこくて、可愛らしい性分だったのだ。
見た目こそいわゆるDQNのそれだが、彼女の本質はまだまだ幼い子供だった。精神的な成長が肉体のそれに追いついていないのだろう。
自分を『オバサン』と呼ぶ梨華を、朱音もまるで親戚の子供を見るような温かい目で見守っていた。
「どう?。ここでの生活にも慣れた?」
そう問い掛ける朱音に、梨華はあどけない笑顔を浮かべながら、
「そうっすね。オバサンが親切にしてくれるから何とかなってるっす」
と明るく応えた。
多くの大人は、自分のような恰好をしていると眉を顰めて見下すような視線を向けてくるのに、この銀條朱音は決してそういう態度を見せなかった。ただ単に上辺だけで<いい人>を装っていてもそれを目敏く見抜いてしまうのが梨華だったが、そんな彼女の目から見ても朱音は本当に<親切な優しいオバサン>に見えた。
朱音の方も、親身になって接した。赤ん坊が熱を出したと梨華から電話が入れば深夜でも駆けつけ、一緒に看病した。夜泣きが収まらないと泣きつけばやっぱり駆けつけてたちどころに泣き止ませてみせた。
だからさらに一週間が過ぎる頃には、もう、完全に気を許してる状態だった。
だが同時に、そうやって精神的に落ち着いてくると、彼氏のことがまた気になり始めていた。このまま連絡も取らずにいると、本当にフラれてしまうかもしれないと不安になった。
そこで梨華は、朱音に相談した。
「なあ、あいつもきっと反省してるし、そろそろ戻った方がいいかな…?」
しかしそれに対しては朱音は渋い顔だった。
「正直言ってそれはお勧めできないかな」
思いがけないその言葉に、梨華は「え!?」と声を上げた。そんな彼女に朱音は言う。
「あなたと彼は合わないと思う。たぶん、一緒にいるとお互いを傷付け合ってしまってどっちもボロボロになる、最悪の相性でしょうね」
「な…、なんでそんなこと分かんのさ!?」
思わず声が大きくなる梨華に対し、朱音は人差し指を唇に当てて「しーっ」っというジェスチャーを見せた。赤ん坊が寝ているからだ。そして静かに語りだす。
「銀朱荘としていつもお世話になってる弁護士の人がね。あなたの彼氏と何度も会って話をしてるの。その上での実感よ」




