男を見る目
DV被害者として保護された新冊梨華だったが、彼女は本気で彼氏と別れるつもりではなかった。そりゃたまにキレたりするものの、殴ったりした後では優しくしてくれる。殴ってガミガミと五月蠅く言うだけの親なんかよりよっぽど優しかったし大事にしてくれた。だから愛してるのだ。
あんなに頼りになってしかも優しい男なんて他にいなかった。仕事だってちゃんとやってる。ニュースとかでよく出てくる女に寄生してるだけのヒモ男とは違う。それに援助交際で何人もの男を見てきて、男を見る目には自信があった。
彼を逃したら後がないと感じるくらいには。
だからしばらくしてほとぼりが冷めた頃に『ごめん』って言って帰ればいいと思っていた。
なのに…。
冷静になって考えてみると、間違いなく自分の子である息子を見て『ホントに俺の子か!?』とか疑うくらいだから、もし、援助交際をしていたことがバレたりすればそれこそ捨てられるかも知れない。それは嫌だった。
そういうことをあれこれ考えている時に息子が泣き始めると、梨華は思わずイラっとしてしまった。明らかに尋常じゃない目で我が子を見てしまう。
とは言え、「ちっ!」と舌打ちしながらもオムツを換え母乳を与えた。母親としての最低限の役割は果たしていると言えるだろう。ただそれも、今後、精神的に追い詰められてくるとどうかという懸念のある姿とは言えるかもしれない。今はまだそこまで追い詰められていないから辛うじて抑えられていると言うべきか。
実は、銀條朱音もそれは察していた。なので、<もえぎ園>に電話をかけ、宿角蓮華に告げる。
「実は今度、DV案件で保護した女の子なんだけど、赤ん坊への態度が少し危うい感じで、もしかするとそちらにも協力してもらうことになるかも。今のところは慎重に様子を窺う段階ね」
朱音のその言葉に、蓮華も頷きながら、
「よろしく頼むわ。子供の安全第一でお願い」
と応えた。それだけで十分だった。
そして受話器を置いた蓮華の腕には、赤ん坊が抱かれていた。間倉井好羽の子で、藤田健人と名付けられた男の子だった。蓮華が電話を取って少し話しているだけでも不機嫌そうになり、ぐずり始める。しかし蓮華は焦ることなく、
「ごめんね~。ほっとかれたらイヤだよね~。大丈夫、ちゃんと見てるから。あなたを歓迎してるから。何も心配ないよ~」
と、相貌を崩しつつ健人の顔を覗き込む。すると彼も、安心したようにミルクを飲み始めた。
少々気難しいところのある子だったが、蓮華に掛かれば大人しいものであった。




