脅迫
『誤魔化すな!! この若造が!!』
「…!?」
その一喝に、守縫恵人の体がビクンっと撥ねる。その彼に向かって宿角蓮華はなおも言葉を叩きつけた。
「あんた、『LGBTは異常』とも言ってたわね? 『自然じゃない』って。じゃあ、結婚しない、子供は要らないって言ってたあんたはどうなのよ? あんたそれでも自然だって言えんの!? 生き物として正常だって言えんの!? 生き物のクセに子孫を残さないとか、本気で言ってんの!? それのどこが正常だって!? あぁ!?
LGBTが自然じゃないから異常だって言うんなら、結婚しない、子供は要らないって言ってるあんたも自然じゃないから異常でしょうが!! 自分の言ってることも理解できてない! だからあんたは駄目なのよ!! そんな戯言が社会で通用するとか思うな!!」
とても十歳相当の小さな体から発せられたとは思えない咆哮のようなそれに怯まされたことに気付いた守縫恵人の顔にカーッと熱が込み上げてくる。
そして、彼は言った。言ってしまった。
「っ! てめ! ふざけんな! こんなとこぶっ潰してやるよ!! 夜道とか気を付けるんだな!!」
それは、決定的な一言だった。言ってはいけない言葉を、彼は発してしまった。頭に血が上ったからといって許されない一言だった。
宿角蓮華の表情がどこか悲しげなそれに変わったように見えたのは、気の所為なのだろうか。
だが彼女は、容赦しなかった。
「……やっぱりあんた、本当に自分の言ってることも理解してないのね。それ、脅迫よ。
と言うことで、あんたを脅迫で告訴するわ」
淡々と言い放った蓮華に、守縫恵人はなおも噛み付く。
「ぎゃはは! この程度で脅迫とか、さすが平和ボケのパヨクは違うわ~!」
と嘲り笑う彼の前に、がっちりした体格の中年の男が近付いてきた。数日前から事務所の隅に腰を下ろし、二人の様子を、穏やかそうに見えて目はまったく笑ってない表情で窺っていた男だった。
「申し訳ないが、私も君の発言はしっかりと聞かせてもらったよ」
そう言いながら男が懐から出して示したのは、警察手帳だった。
「私は、城北署の少年課の刑事で斉藤といいます。守縫恵人くん。君を、<もえぎ園>への脅迫の疑いで補導します」
「…な、あ…?」
呆気にとられる彼の前に、更にもう一人、すらりと背の高い、三十を少し回ったくらいのきっちりとスーツを着こなした男が現れた。そちらも、斉藤と名乗った刑事と同じように事務所で二人の様子を見ていた人物だった。
「私は、当<もえぎ園>顧問弁護士の一条と申します。<もえぎ園>園長、宿角蓮華氏の申し出により、あなたを刑事告訴いたします」




