保護要請
「ん…、そう、分かったわ。すぐに手配して頂戴。こっちは受け入れ準備しておくから」
<もえぎ園>の園長室で、赤ん坊を抱きながら宿角蓮華が電話を受けていた。受話器を置き、「やれやれ」と溜息を吐きながら椅子の背もたれに体を預ける。
「今の電話は…?」
そう問い掛ける千堂京香に、蓮華は苦々しく答えた。
「中学生の男の子がね、一人、保護を求めてきたの」
「保護?。求めてきたということは、本人がですか?」
「そうよ。家族の暴力的な支配から逃れたいって本人からの要請ね」
「本人から…。ということは、かなり緊急性が高い事例でしょうか?」
「まあ、身体的な暴力の程度自体はそこまでじゃないみたい。ただ、精神的なそれに本人が耐えられなくなったということでしょうね」
「精神的な虐待…、ですか?」
「そういうことになるわね。でもこの件は、少しややこしいかもしれない」
「と言うと?」
「その子、おそらくトランスセクシュアルなのよ。肉体的な性別は男だけど、精神は女。だけど家族がそれに対して理解がなくて、暴力的にその子を矯正しようとしてるって事例ね」
「トランスセクシュアル…、性同一性障害ってことですか?」
「その診断はこれからだそうだけど、以前から相談を受けてた医師は限りなくその可能性が高いと判断してるみたい。成人したらきちんとその診断を受けて、いずれは性別適合手術も視野に入れてるみたいね」
「最近ではよく聞くようになりましたけど、難しい問題ですね」
「確かに。研究自体がまだ不十分で医科学的にはよく分かってない部分もあるみたいだし。でも、どういう理由があろうと暴力的に支配したり、素人の生兵法による矯正教育は認めるわけにはいかないのよ。だからうちで保護するの。相談を受けてた医師の勧めでうちに連絡してきたそうよ」
<もえぎ園>は、多くの場合、親による養育が望めない、好ましくないと判断された場合に乳幼児を保護するのが主な役目だったが、中高校生の保護も行うことがある。特に、公的な施設などでは扱いに困ると二の足を踏むような事例について積極的に受け入れていた。LGBTのような複雑な事情が絡むとどうしても公的な機関は及び腰になる傾向がある。結果、それが<もえぎ園>に回ってくるということだ。
「なんにせよ、子供が救いを求めてるなら手を差し伸べるのは大人の役目よ。ただし、赤ん坊の世話よりももっと難易度は高くなるわ。よく見ておくことね。覚悟しなさい。うかうかしてると、あんたのアイデンティティまで揺らぐわよ」
ギロリと視線を向けながらそう言った蓮華に、京香はゴクリと喉を鳴らしたのだった。




