噴水
「さてと、今度はこの子ね」
<もえぎ園>の園長室で、宿角蓮華は一人の赤ん坊を迎えていた。間倉井好羽が産んだ赤ん坊であった。
しかし彼女の前にいるその赤ん坊は、「にゃあ、にゃあ!」と、まるで子猫のような声で大きく泣いていたのだった。先日までここにいた石田葵とは違い、随分と自己主張の強いタイプのようだ。
それでも蓮華は、泣き続けるその子を愛おしそうに見詰め、そっと抱き上げた。
よく、子供をあやそうとする際の演出として『べろべろばあ』などとするものがあるが、蓮華はそのようなことはしなかった。ただ「ふんふんふ~ん」と小さく鼻歌のようにリズムを取りながらそれに合わせて体を揺らすだけである。赤ん坊の顔を柔らかい表情で見詰めつつ。
蓮華は決して焦らない。苛々しない。大きな声を上げない。ただただ体を揺らし赤ん坊を優しく見詰め、待つだけだ。その子が納得するまで。
やがて、十分くらいして、泣き声は収まっていた。寝ている訳ではない。今も目を開けて、またよく見えてはいないであろう目で何かを探すかのように蓮華の顔を見上げているだけだ。
「大丈夫。あなたはここにいていいのよ…。私達はあなたを歓迎するわ……。いらっしゃい。よく来たわね……」
穏やかに、囁くようにそう言った蓮華の腕の中、泣き声は収まったもののまだ何かを言おうとしてるのか、赤ん坊はしきりに口を動かしていた。それに対して蓮華は耳を傾けるような仕草をする。
「どうしたの?。ふんふん、怖かったの?。そう、それはごめんね…」
別に赤ん坊が何かを言っている訳ではないけれども、伝えようとしている何かを感じているという振る舞いを、蓮華は見せているのだった。
すると今度は、ふわっと臭いが蓮華の鼻をくすぐった。おしっこの臭いだった。
「よしよし、安心したらおしっこしちゃったのね」
蓮華はそっと赤ん坊をベビーベッドの上に下ろし、手際よくおむつを換え始める。濡れたそれを外すと、可愛らしいものが股間に鎮座しているのが見えた。男の子だった。
と、その時、蓮華はすっと、外したおむつを再び彼の股間に戻した。
「おむつが外れた解放感でまたおしっこしたりすることもあるのよ」
蓮華のすることを見逃すまいと熱心に見ていた秘書の千堂京香にそう語りかける。蓮華の言う通りだった。赤ん坊は再びおしっこをしてしまったのだ。長年の経験により、その瞬間を察知したのである。
女の子の場合は慌てなくてもおむつに向かっておしっこが飛ぶのだが、男の子はどうしてもあらぬ方向に飛んでしまうことがある。おしっこ噴水とでも言うべきか。なのでおむつで押さえたのだった。




