目論んで
「家の掃除とかは業者に頼んでる。毎日、午前十一時頃に来るから」
そう告げる蓮華に、健雅は、
「ふ~ん…女か…?」
あからさまにロクでもないことを考えている目つきで訊いた。
それに対して彼女は、
「ううん。男の人。交代で来るけど、どっちも確か五十代って言ってたわね」
こちらも愛想なく応える。健雅が目論んでるようなことはあらかじめ想像できていたので、敢えて男性にしてもらったのだ。若い女性など派遣されては、それこそライオンの檻に生肉を放り込むようなものだろう。それでは意味がない。
「なんでぇ、マジで気が利かねえな。そこは若い女を用意するのが粋ってもんだろ」
不満そうに健雅は言うが、この男の言う<粋>とは何なのか……
およそ正気の沙汰でない。
「……」
蓮華はもうそれには応えず、
「じゃあ、私は自分の部屋にいるから。用があったら、電話の内線二番で呼んでもらったらいいから」
と言い残し、リビングを出た。
「お~…」
面倒臭そうに背を向けたまま健雅は手を振った。
自室に戻った蓮華は、さすがに疲れが出たのかベッドに体を横たえた瞬間、気を失うように眠りに落ちる。
一方、健雅の方も、久しぶりのアルコールに体の方が持ち堪えられなかったらしく、体を楽にしようとソファーに横になった途端にやはり気を失うように眠ってしまった。
「……!」
いつの間にか寝てしまっていたことに気付いた蓮華がハッと体を起こし時計を見ると、三時間ほどが経っていた。日は傾き、室内も薄暗くなっている。
「……」
健雅のことが気になってリビングに戻ると、彼も酒の所為でもはや前後不覚になっており、ガーガーと鼾をかいて寝ていた。
それを見て蓮華はホッとし、毛布を掛けて再び自室に帰り、部屋に設えられたシャワーを浴び、それからやはり部屋に設えられた小さなキッチンでレトルトのうどんを温め、夕食を済ませ、再度、健雅の様子を見に行ったがまだ寝ているのを確認すると、その姿をじっと見詰めた。
「……」
少し寝たことでいくらかはマシになったようだが、それでも酷く疲れた顔で、蓮華は酔って無防備に眠る健雅を見ていた。
そんな彼女の中で様々な感情が渦巻いていることは、想像に難くなかった。
今なら包丁でも使って頚動脈を断ち切ってやれば、体の小さな蓮華でも容易くこの男を葬れそうだ。実際、そういう考えも頭をよぎる。
しかし、蓮華は敢えてそれを無視した。
『子供の命は大切だが、大人の命は蔑ろにしていい』
それでは駄目なのだ。
それでは蓮華のやってきたことのすべては無意味になってしまう。
自身の中に湧き上がるものを凄まじい精神力で抑え込みつつ、蓮華は自室に戻り、ベッドで横になったのだった。




