そんなん知るかよ!
すっかり<小柄なお婆さん>になってしまった蓮華だったが、年齢そのものはまだ五十前と、<高齢者>とまではいえないので、動きそのものは軽快だった。それがまた奇妙な違和感をもたらす。
そうやって周囲の人間を戸惑わせつつ蓮華は先を急いだ。
そして電車とバスを乗り継いで健雅が収監されている刑務所へと辿り着く。
ことここに至っても、彼女には具体的な手立ては何もなかった。ただ<覚悟>を持ってここに来ただけである。
そんな彼女の視線の先に、ドラマなどにありがちな、
『もう二度と帰ってくるなよ』
『お世話になりました』
的なやり取りもなくただふてぶてしい態度で門から出てきた健雅の姿があった。服役中の間にすっかりと老けた<初老の男>がそこにいた。
「久しぶりね。出所おめでとう」
そう言って不意に話しかけてきた小柄な<老女>に、
「!?」
健雅はギョッと息を詰まらせた。と同時に、訝しげに見知らぬ老女を睨みつけ、
「なんだ、お前…?」
と問い掛けた瞬間、ハッと頭に閃くものがある。
「お前…蓮華か……?」
声に出したことで実感したのか、健雅は突然、腹を抱えてゲタゲタと嗤い始めた。
「なんだお前! 俺より歳は下だろ!? なのにそのツラ、ババアじゃねーか!! どんな苦労すりゃそんなツラになんだよ!」
健雅は嘲笑った。刑務所にいた自分よりも明らかに苦労を窺わせる蓮華の姿を腹の底から蔑み、見下した。<人の道>とやらを偉そうに口にしていたガキのような女が自分以上に老けてしまった様子に、
『なんだやっぱり俺の方がいい人生送ってんじゃねーか』
と思い、
『勝った!』
と感じた。それが愉快でたまらなかった。
たまらなかったのだ。
だが―――――
「……」
自分をそうやって嘲り笑う健雅に、しかし蓮華は何も言わないまま、むしろ憐れみを込めた視線を向けた。
そんな彼女の目に気付いた健雅は、ギッと獣のような表情になり、
「何だその目は! バカにしてんのか!?」
と激昂する。
刑務所の門のすぐ前で声を荒げる様子に、険しい表情をした係官達が様子を見に姿を現す。
元受刑者が出所したと同時に騒ぎを起こしたとあってはさすがに黙っていられないからだろう。
それに気付いた健雅は、
「ちっ!」
と舌を鳴らし、元のふてぶてしい表情へと戻った。
すると蓮華は、
「こんなところじゃなんだから、食事にでも行きましょ。甘いものでも食べたいでしょ?」
そう提案した。なのに健雅は、
「そんなことよりまずはタバコだ! タバコよこせよ!」
と要求する。
蓮華は表情を変えずに、
「……今は、市内全域、路上喫煙は禁止よ」
淡々と言い放つ。
「あ? そんなん知るかよ! 俺は吸いたい時に吸うんだよ!」
未決拘留期間も合わせて十年の塀の中の生活も、やはり健雅を変えることはできなかったのがはっきりと感じさせられたのだった。




