裏と表
しばらく触れてこなかったが、もえぎ園の<裏の活動>は、今も健在である。
しかしそれは、そこまでしないと救えない状況にいる子供の存在を裏付けるものでもあるので、決して喜ばしいことでもない。また、そうやって活動を続ければ続けるほど、いずれはどこかで明るみに出てしまう危険性もそれだけ増えるだろう。
その場合に備え、蓮華は自身の後継者となるべき人材の育成も目指していた。もし自分が逮捕されて収監されるようなことがあっても、子供達の命を救う活動が途絶えることがないように。
もっともそれは、千堂京香ではないが。
彼女は、もえぎ園の<表の顔>としての役目を望まれている存在だ。そもそも彼女には裏の活動を仕切る才覚がないのは分かっていた。根が正直過ぎるのだ。恵まれた境遇で育ったことで、彼女は<闇>と言えるものをほとんど抱えていない。そんな彼女に裏の活動を負担させるのは、むしろ破綻の基だった。
その一方で、彼女は人から愛される才覚も併せ持っている。職員に対しても細やかな気遣いができるタイプであるのは確認済みだ。今はまだ未熟でも、経験を積めば、人当たりの良さも相まって調整役にも向いている。タフなネゴシエーションには向かないかもしれないものの、そこは、顧問弁護士の一条やもえぎ園出身の刑事である斉藤が補ってくれる。
それもあり、京香が園長の仕事を受け継いでくれれば、蓮華は完全に<裏>へと回るつもりだった。法に触れる活動の方はもえぎ園から切り離し、自身は日の当たらない世界で生きることを覚悟しているのである。
「ま、結婚もできない、子供も残せない私にはそれこそ適任だと思うしね」
彼女の考えに賛同するごく一部の人間にのみ、そう打ち明けてもいる。
今のままでは、万が一のことがあった時にはもえぎ園にまでダメージが及ぶだろう。それもあって、全国に、同様の活動のための拠点作りをしてきたのだ。<表>と<裏>、それぞれの拠点を。
もえぎ園及び銀朱荘にはこのまま表の活動のみを続けてもらう。
そして、<裏の活動>の後継者にも目星は付けていた。
「獅子倉、というわけでよろしく頼むわね」
「……迷惑な話だ……」
園長室のソファーに、斜に構えた態度で座り、獅子倉勇雄が吐き捨てるように言った。しかしその口元には、ほんの微かな笑みも浮かんでいる。彼にしては珍しいことだった。口では『迷惑だ』と言いながらも、内心では納得している証拠だった。
そして五年後、蓮華はもえぎ園園長の座を千堂京香に引き継ぎ、
「私は全国行脚の旅に出るから」
と言い残し、姿を消したのだった。




