どちらがより可愛いか?
もえぎ園では、トイレと同じで、基本的に職員も含めて全員が同じ風呂に入る。本人が望むなら男女も一緒に入っても構わない。
しかし同時に、嫌がっているのを無理に一緒に入れることもしない。また、男性職員と女児。女性職員と男児を一緒に入れるのはいろいろ誤解を招きかねないので原則禁止している。
とは言え、昨今は同性同士での猥褻被害なども表面化してきているので、同性同士だからといって油断はできないが。
なので、基本的には複数の職員が一緒に入ることで監視している形にはなる。
このため、子供達を風呂に入れるのが一番大変な作業と言えるかもしれない。何しろ、全員が一緒に入るわけではないので、職員はずっと風呂に入ったまま、子供達を交代で入れるわけで。
が、大変だからとここで大人の側の都合を押し付けるとやはり不信を招くことになる。大変だからこそそういう部分では手は抜かない。
「あきちゃんとはいっしょにおふろはいらない!」
園児の年少組の女の子がそんなことを言って、いつもは一緒に入っている、仲良しのはずだった女の子と一緒に風呂に入ることを拒んできた。昼間に些細なことでケンカになって、それを引きずっているのだ。
ここまでに何とか仲直りしてもらえるようにとりなしてきたものの、人間の感情というのはそんなに単純ではない。数日にわたって拗れることもある。
そういう時にも無理に一緒に入れることもない。逢えて別々にすることもある。
これらの対応を、
『子供を甘やかしてる』
と言う人間もいるが、そこで手を抜きたいがために楽をしたいがために無理に一緒に入れるのは、それこそ大人の側の<甘え>ではないのか? そういった大人の<甘え>を子供は見ていて、真似をするのではないのか?
だから敢えてここでは手間を掛ける。手間を掛けた上で本人達の関係改善を図る。拗れている原因を客観的に探り、感情が昂ぶっている間はそっとしておいて、双方が落ち着いてきたのを確認すると、それぞれに妥協案を提示したりもする。
今回の諍いは、
『双方が好きなぬいぐるみのどちらがより可愛いか?』
で言い争いになったらしい。同じぬいぐるみを取り合いになったとかではなく、それぞれのお気に入りのぬいぐるみの魅力を語り合っていて、結果として張り合いになってしまったようだ。
しかし、何をどう『可愛い』と感じるかはこれはもう完全にそれぞれの感性の問題である。『蓼食う虫も好き好き』という言葉さえあるように、同じものを同じだけ『可愛い』と感じることはまずないし、何を『可愛い』と感じるのかさえ人それぞれだ。
これは対処を誤ると決定的に関係が拗れる事例だった。だから解決を急ぐことはしない。
「そうか分かった。じゃあ、今日は別々に入ろうか」
頬を膨らませて怒っている女の子の前で跪いて視線を合わせてその主張に耳を傾ける職員の姿を、妊娠中のため、宿直職員用の風呂に入ることになっている灯安良と、彼女の付き添いとしてついていく阿礼が通りすがりに見ていたのだった。




