気遣い
徳良泰心がもえぎ園に来たのは、灯安良が臨月を迎える前だった。
灯安良のことも気になるものの、それまで阿礼の働きを見てきたことで、彼女には彼がついていれば大丈夫、職員はそのフォローに徹すればいいという確信が持てたことで、優先度が高い徳良泰心の対処を優先すると決断した。
しかし、そうは言っても、連れてこられた、七歳くらいの子供がいきなり大暴れして職員が軽傷とはいえ怪我をしたのを見て、守縫久人は不安を覚えた。
さらには、隣接はしているものの園庭を囲む塀の向こう側に立てられたプレハブに、園長とその子供だけで一緒に暮らすなど、心配で心配で
「大丈夫なんですか……?」
見た目こそ幼いものの、もうすっかり彼にとっては母親同然の存在になっていた蓮華に、久人は縋るように問い掛ける。
両手を胸の前に抱くようにして蓮華を見る彼の姿は、少女にしか見えない。
そんな久人に、彼女はふわっと微笑みかけた。
「大丈夫よ。私はこう見えてもベテランなんだから。あの子よりもっと大変な子だって何人も見てきたしね。
でも、心配してくれてありがとう。あなたのためにも無理はしないよ」
仕事に出掛ける母親を心配する娘のようでさえある彼を、蓮華は気遣った。自分に向けられた気遣いを丁寧に気遣いで返す。
こうやって他人との接し方を学んでもらうのだ。
そして一ヶ月。蓮華は泰心と一緒に暮らしたのである。
とは言え、久人としては気が気ではなかった。大人の職員でさえ怪我をするくらいなのだから、見た目には十歳くらいの蓮華があの調子で乱暴されたりしたら、
『軽い怪我なんかじゃすまないかも……』
と思ってしまう。
だから毎日、聞き耳を立てていた。大きな物音はしないか、怒鳴り声は聞こえないか、他の園児達の面倒を見ながらも意識はついついそちらに向いてしまう。
「どうしたの? ひさちゃん。おなかいたい?」
五歳の園児にまでそんな風に心配される有様だ。
「あ、うん。大丈夫だよ」
思わずそう取り繕うものの、そんな自分が情けなくもあった。
すると今度は阿礼にまで、
「園長のことが心配なの?」
と気遣われてしまう。
「……うん…」
年齢としては二歳以上年下の阿礼だったが、彼の持つどこか大人びた落ち着きから、時々、むしろ自分よりも年上にさえ感じられることもある。だから年齢差は気にならない。
「園長ならきっと大丈夫だよ。だって僕やひさちゃんを受け入れてくれた人だもん」
「…そっか…そうだよね……」
今は灯安良のことを第一に考えないといけないはずの阿礼に優しくされて、久人は少し恥ずかしくなってしまったりもしたのだった。




