授乳
出産のダメージの回復を図るために基本的には体を休めるようにと言われていた灯安良だったが、授乳だけは彼女にしかできないので、そちらはやってもらうことになる。
「うえ~? なにこれ、勝手に出てくる」
小学生にしては発育の良かった灯安良は、バストも平均よりはかなり発達していたと言えるだろう。そのためか、母乳の出もすこぶる良好だった。しかしそれ故に痛いくらいに張って、母乳パッドでも吸収しきれないほどに勝手に溢れてきた。それが灯安良には不気味らしい。
しかしそれだけに、紗莉安が飲み切れないほどの十分な量があった。
ただ、おっぱい以外のことは阿礼と職員に任せていても、二時間程度の仮眠しか取れずに起こされて授乳させられることは辛かった。
「もうちょっと…もうちょっと寝かせて……」
朦朧とした意識でそう言うものの、
「ほらほら、お母さん、赤ちゃんを待たせちゃ駄目。赤ちゃんにとっておっぱいは命に直結してるの。せっかく来てくれた赤ちゃんを取り上げられちゃうよ」
と言われては起きないわけにはいかなかった。
『赤ちゃんを育てるのってこんなに大変なんだ……』
頭の半分は寝ているような状態で体を起こして紗莉安を抱いて、おっぱいを含ませる。その状態で呆然とそんなことを考えていた。
けれど、だからといって自分の母親への感謝の気持ちなどは湧いてこない。
ドラマやアニメなどではこういう時に、<親の苦労>が偲ばれて感謝するというのが定番なのだろうが、この時の灯安良の頭に浮かんだのはむしろ怒りだっただろう。
『こんだけしんどいのに子供作ってなにしてんだよ…! 大事じゃないんなら作んなよ……!』
と思っただけである。
フィクションのお涙頂戴の演出など現実ではないことがよく分かる。あれが普通なら、高齢の親と子供との間で確執があるはずもない。本当に仲がいい親子は、そもそも仲違いしたりしないのだろう。
誤解を放置せず、その時その時できちんと解決できるのだろうから。
むしろ、自身が親になったからこそ自分の親がどれだけいい加減なことをしていたのかが改めて実感できてしまうことの方が多いのかもしれない。
この時の灯安良と阿礼がまさにそれだった。
『私はあんなにはならない…!』
『僕はあの人達とは同じことはしない』
二人はそう思っていた。そして二人がそう思うのであれば、もえぎ園は全力でサポートする。
子供を愛せない親からは引き離しもするものの、そうでなければもちろん親の下で養育されるのが好ましいとは思っている。
しかし現実問題として、子供を愛することができない親というのは確かに存在する。そういう親と子はむしろ離れた方がお互いのためなのだろう。
もえぎ園は、そのために存在するのだ。




