ありきたりな言葉
「赤ちゃん…私の赤ちゃん……」
出産した瞬間は半ば意識が飛んでいた灯安良だったが、「みゃーっ! みゃーっ!」と猫のような声を上げて泣く我が子に気付くと、ハッと意識が戻った。
生まれた赤ん坊は、話に聞いていた通りにしわくちゃで、なるほどサルのような見た目だと思ったものの、素直に『カワイイ♡』と思えた。
看護師に抱かせてもらうと、もう、たまらなかった。
「私の家族……」
胸がいっぱいになって、勝手に涙が溢れてくる。<感動>とか、そんなありきたりな言葉じゃピンとこない、体が震えるような<何か>だった。
立ち合い出産で、十八時間にわたって灯安良を励まし続けた阿礼も、疲労困憊ながらも赤ん坊を抱かせてもらうと、涙が勝手に溢れてくる様子だった。
「灯安良、灯安良、ありがとう…! よく頑張ったね…!」
涙ながらに灯安良を讃える姿も、並の夫婦よりも夫婦らしかったかもしれない。
その後、後産や切開した会陰の縫合もあり、阿礼と赤ん坊は分娩室から出された。
ベテランらしき看護師に付き添われて分娩室の外の椅子に赤ん坊を抱いて座る阿礼に、
「お疲れ様」
と声が掛けられる。
視線を上げた先にいたのは、宿角蓮華だった。その顔はとても穏やかで、新しい命を祝福しているのが分かる。
「あ……!」
立ち上がろうとして足に力が入らず、腰が落ちる阿礼と赤ん坊を、看護師がさっと支えた。さすがに何度も出産に臨んだベテランらしくそういうのにも慣れていたようだ。加えて、<小学生の出産>という異例の事態に、病院側としても通常以上の注意を払い、態勢を整えてきたのだろう。
実は灯安良の担当医師だった幸恵がちょうど休暇中に陣痛が始まってしまったので分娩は担当できなかったものの、他にも優れた産科医を擁した病院であったため、特に問題はなかった。幸恵も安心して任せていたという。ただ、せっかくの機会に立ち会えなかったことが残念だっただけだ。
そして、立ち会っただけだったとはいえさすがに十八時間ものそれは阿礼の体力を根こそぎ奪っており、今日のところはもう園に返って休ませるべく、蓮華が迎えに来たのである。
実際、職員が運転する迎えの自動車に乗った途端、緊張の糸が切れたのか阿礼はすぐに眠りに落ちてしまった。
その間に蓮華は、灯安良も見舞い、
「どう? 感想は…?」
と声を掛けると、灯安良は目を逸らしたままだったが、
「すごかった……すっごく痛かった。むちゃくちゃしんどかった……」
とだけ応えた。
「そう…それは貴重な体験だったね」
穏やかに語り掛けた蓮華の表情も、とても柔らかいものなのだった。




