楽などしている暇はない
世の中には、妊婦が精神的に不安定になったりつい理不尽な態度を取ってしまったりすることに対して厳しい意見を言うものがいる。
だが、そういうことを言う者自身が、己のマナーの悪さを自分以外の何か誰かの所為にして態度を改めようとしないのだから、そのような者の言うことなど何の価値もないとして聞き流しておけばいいのだろう。
実際、もえぎ園の職員達はそのような者達の言うことなど真に受けない。自分達が自ら経験し目の当たりにしてきた事実から得たものをあくまで重視する。
ネットで悪態を吐く者達があれこれと言い訳を並べて態度を改めないくらいなのだから、腹の中に人間を抱えておよそ普通の状態ではない妊婦が普通の態度を取れなくても何もおかしくはないのだろう。
『子供を作ったのは自分の勝手だろ。甘えんな!』
とかいう点においても、そのようなことを他人に対して言うことで批判を浴びれば被害者ぶるのだから、そんなことを言ってる本人が甘えており、意見として成立していない。
子供を作ったことは確かに当人の勝手ではあるものの、それはあくまで生まれてくる子供に対して責任があるというだけで、他人にとやかく言われることではないのだ。ましてや他人や世の中に対する不満を言い訳にして他人を罵るような甘えた人間に言われることではない。
他人に対して暴言を吐くというマナー違反をしている人間に、他人のマナーを云々する資格などないのである。
故にもえぎ園の職員達は、灯安良を責めることはしない。そんなことをしなくても、彼女はこれから、いや、もう既に、逃れようのない<生みの苦しみという報い>を受けているのだから。
加えて、子供が生まれてからは親になるための<学び>が待っている。真っ当な親になろうと思えば、楽などしている暇はないのだ。
「う~、う~…!」
いよいよお腹が大きくなって、灯安良は常に呻き声を上げている状態だった。この時点では本人は口には出さなかったものの、後に、
「正直、後悔したよ。とんでもないことしちゃったと思った。だからこんな目に遭ってるんだって思った」
と語っている。
そう。<報い>はしっかりと受けていたのだ。
小学生の彼女にとってはあまりに大きな負担だった。
そして阿礼も、彼女の為に頭を下げる毎日だった。灯安良に比べれば大したことのないものだったかもしれないものの、彼にはこれから<父親>になるために頑張ってもらわなければならない。彼の<報い>はこれからだ。
こうして、灯安良は、幸恵が務める病院に入院し、実に十八時間の格闘の末に、二千百グラムの女児を出産したのであった。




