子供っぽい夢想
『奪われないような親になってください』
女性職員のその言葉の意味を、阿礼は額面通りには受け取らない。
大人はすぐ、誤魔化し、欺き、言ったことさえなかったことにする。だからそのまま信じることはできない。
故に阿礼は問う。
「分かりません。『奪われないような親』とはどういうものですか? どういうのが『奪われないような親』なのですか?」
曖昧な表現では駄目だ。決して言い逃れ出来ないような明確な言質を取らなくてはならない。
そんな彼に、職員も逆上することなく応える。
「そうですね。その質問に答えるために、こちらからも質問させていただいていいですか?」
「質問に質問で返すのですか? そういうのは失礼だと僕は聞いたのですが」
「はい、失礼を承知でお聴きします。阿礼くんは、幸せですか? お父さんとお母さんの子供に生まれて良かったと思いますか?」
その質問に対して、阿礼はすぐさま、
「いいえ。僕はあの人達の子供に生まれて良かったとは思ったことはありません。でも、灯安良と出逢えたことは幸せです」
と答えた。
すると女性職員はにっこりと微笑み、
「それが答えですね」
と言った。
「…あ……」
女性職員の言葉に、阿礼も察したようだ。
「このお父さんとお母さんの子供として生まれてきて良かったと思わせてあげられる親が、『奪われないような親』ということです。
阿礼くんと灯安良さんは、そういう親になれますか?」
問い掛けられ、阿礼は女性職員を真っ直ぐに見詰め返し、背筋をピンと伸ばし、
「はい! なれます。なります。僕と灯安良の赤ちゃんですから…!」
阿礼ははっきりとそう言い切ったものの、それが容易でないことは、かつて自分もこの園で過ごしたことのある女性職員には分かっていた。分かっていたけれども、彼の真っ直ぐな瞳と躊躇いのない言葉には、素直に敬服した。
もちろん口で言うほど簡単なことではない。ただ、これほどはっきりとそう言い切れる者は必ずしも多くない。
まあ、平気で嘘を吐く<ホラ吹き>と呼ばれるタイプの人間であれば根拠のないことでも同じように堂々と答えるだろうが、その場限りの口から出まかせでそういうことを言う人間は、もえぎ園の職員には分かってしまう。散々その手の人間を見てきているから。
けれど、この時の阿礼はそうではなかった。根拠のないただの想い込み、子供っぽい夢想かもしれないが、少なくとも本気で言っているのは分かる。
堂々とそこまで言えるのだから大したものだ。
子供を育てていくということは、大人でさえ尻込みをすることも多いというのに。




