よく頑張ったな
灯安良は、
「帰りたくない! 帰ったら殺される……!」
と主張したが、それについても、児童相談所、警察双方の担当者がそれぞれ、
「あなたの主張は分かりました。なので、それが正しいかどうかを、地元の警察と児童相談所が確認します」
異口同音にそう述べて、二人は結局、地元の警察に保護されるという形で預かることになった。
『なんでだよ…なんでだよ…なんでだよ……っ!』
灯安良はそう憤るが、二人の体に具体的な虐待の可能性を窺わせる所見がないこと、二人の地元の児童相談所にも問い合わせたものの虐待を想起させる通告がこれまでなかったことから、『保護を要する』と判断できる材料がなかったというのが一番の理由だった。
つまるところ、『単なる家出だろう』と判断されたということだ。
それでも、本人が『殺される!』と主張しているので、念の為、いきなり自宅には戻さず、警察が保護した上で状況を確認し、それから処遇を決めるという流れである。
警察官に付き添われ新幹線に乗った灯安良と阿礼は、たまらない無力感の中にいた。
『結局、私達じゃ何もできないのかよ……』
悔しさのあまり灯安良は泣いていた。その彼女を、阿礼が抱きしめる。
「ごめんね……僕、何もできなかった……」
阿礼はそう言うものの、むしろ何もできないのが当たり前だ。フィクションの主人公のように都合よく苦難を乗り越えられる方がおかしいのだ。こうやって灯安良を励ますことができるだけでも相当な器と言ってもいいだろう。
いくら聡くて行動力があろうとも、二人はあくまでただの子供なのだから。子供が何もかも自分でできてしまうなら、大人など必要ないのだから。
地元の新幹線の駅には、こちらでの担当となった少年課の刑事が迎えに来ていた。
斉藤敬三と、今回は少女もいるということで、女性警官との組み合わせだった。
「じゃあ、女の子の方は頼む」
敬三は女性警官にそう言うと、新幹線から刑事に伴われて降りてきた灯安良と阿礼を出迎える。
「よく頑張ったな……大した奴らだよ。お前ら……」
二人の前に立った敬三は、そのいかめしい顔を精一杯ほころばせ、穏やかに声を掛けた。
「……え…?」
思わぬ言葉に付き添いの刑事も驚いたが、それ以上に驚いたのが灯安良だった。
そんな灯安良に敬三は言う。
「心配要らねえ。お前達の子供についちゃ、おっかないが頼りになる人が必ず守ってくれる。だからお前らもその人に頼っちまえ」
すると灯安良の顔がくしゃくしゃっと歪んで、
「う……うあ…うあぁあああ~ん」
と、大きな声を上げて泣き出してしまった。
この時、彼女が泣いたのは、敬三の優しさにほだされたとか感動したとかではなかった。ただただ、
『よく頑張ったな』
『心配要らねえ』
と言われたことで、張り詰めていたものがぷつんと切れてしまったからであった。




