メンタリティ
両親を完全に見限っていた灯安良は、それを当てにせず阿礼と二人で<家族>を守って生きる覚悟を既に決めていた。
しかし同時に、利用できるものは何でも利用しようという覚悟もある。自分の両親や阿礼の両親も、利用できるものなら利用しようとは思っていたのだ。
詰めは甘いものの、彼女のメンタリティはすでに並みの小学生のレベルを大きく超えていたと言えるだろう。
なので、DVDの中で出産に挑む産婦の会陰を医師が切開するシーンすら、眉を顰め顔を背けそうになりつつも見届け、その直後に、恐ろしいほどに広がった膣口からずるん!と赤ん坊の頭が出てくるところまで、しっかりと見たのだった。
「どう? 感想は?」
DVDが終わったところで、幸恵が尋ねる。
「別に…こんなもんでしょ。私だってそれくらい分かってるから」
と憮然とした様子で応えた。
幸恵の方も、DVDを見ている時の彼女の姿から、これで翻意するとは思っていなかった。その上で彼女の意思を確認したかっただけである。
正直、並の妊産婦よりよっぽど腹が据わっているという印象すらあっただろう。
「見ての通り、出産というのは非常に大変なものです。特にあなたの場合は、まだ体が完全に発育しきっていない。なので負担はさらに大きくなるでしょう。
<帝王切開>という言葉は知っていますか?」
「知ってるよ。お腹を切って赤ちゃんを出すんでしょ? 私の場合もそうなるかもしれないって言いたいんでしょ? そんなこと分かってるよ。覚悟してるよ。私達の<家族>のためだもん。お腹に傷が残ったって構わない」
自分を睨むようにしてはっきりと言い切った灯安良に、幸恵は内心では舌を巻いていた。自分の時はレイプによる望まない妊娠だったため事情は大きく違うとはいえ、当時の自分よりさらに幼い小学生の女の子にそれだけの覚悟をさせてしまう彼女の家庭環境に胸が痛んだ。
灯安良の<家庭環境>は、一般的に見れば『問題あり』とされるようなものではなかっただろう。
娘に対する関心は薄れていても体裁だけは整えていて、他人からは普通の家庭に見えていたのだ。
両親は共働きだが収入は<貧困>と呼ばれるレベルよりは十分なものがあり、虐待を想起させるような目立った所見もない。事前の聞き取り調査とは別に、この後に探偵事務所に依頼して行われた身辺調査では、授業参観や運動会といった学校行事や、個人懇談およびPTA活動などについてはあれこれと理由をつけて参加していなかったりという面もありつつも、明らかに<荒んだ家庭>と言われるようなものでないのは確認されたのだった。




