家庭を築けば
罪を犯した者が刑を終えた後に結婚などをして家庭を築いたりすると、『犯罪者が幸せになるとか許せない!』と言う者がいる。
しかし、それは本当なのだろうか? 本当に<幸せ>になったのだろうか? 家庭を築いただけで『幸せになった』などと本当に言えるのだろうか?
『結婚して家庭を築いたからって幸せになれるとは限らない!』
と言う者も多いのに?
結婚して家庭を築けば幸せなのであれば、なぜ、皆が皆、それを目指さないのか?。何故、非婚化、少子化などが起こるのだろうか?
『結婚して家庭を築いたからって幸せになれるとは限らない!』
と言いながら、
『犯罪者が結婚して子供まで作って幸せになるとか許せない!』
と言っているのであれば、とんだ二枚舌というものではないだろうか?
それぞれを別人が言っているのかもしれないが、ではなぜ、『犯罪者が結婚して子供まで作って幸せになるとか許せない!』と合唱が起こった時に、『結婚して家庭を築いたからって幸せだとは限らない!』と強く述べる者がさほど現れないのだろう?
口では『幸せになれるとは限らない』と言いながら、実は内心では『結婚して家庭を持つのが幸せだ』とか思っているのだろうか?
それとも、
『犯罪者は何を言われても仕方ないんだから庇う必要はない』
とでも思っているのだろうか? だから、
『結婚して家庭を築けば幸せとか間違ってるけど、犯罪者を罵る為ならそういう間違ったことを言っててもいい』
ということなのだろうか?
それともまさか、
『自分は結婚もできないのに犯罪者が結婚してるとか許せない!』
という、単なる妬みなのだろうか?
もしそうなら、そんな浅ましい考え方が<正義>と言えるのだろうか?
などという話はさて置くとしても、罪を犯した者が、ましてや世間に大きく知られるような事件を起こした者が、そう易々と本当に幸せになれるとでも思っているのだとしたら、現実を知らなさすぎると言えるのかもしれない。
それこそ、『他人の目から良好に見えるのなら良好と見做す』ということではないのだろうか。
しかし実際には、世間から『犯罪者!』と後ろ指を指されて生きていくことは決して幸せとは言えない筈である。その上でなお幸せになれるというのなら、それ自体が既に生半可なことではないだろう。そんなことが実現できるほどの理解ある人間に囲まれ、助けてもらえるというのは、極悪非道で悪辣な人間に起こり得るものなのだろうか。
獅子倉は、弁護士として数々の現場を見てきたからこそ、そう思うのである。




