感心
「…お前、ホントに弁護士だったんだな…」
織江との話が終わり、獅子倉は一旦、事務所へ戻ることにした。そんな彼を、リビングにこもって見送りにも出てこようとしない母親の代わりに健喜が見送りに出て、玄関でそう声を掛けてきた。
一般的には『大人に対する礼儀がなってない』と眉を顰められる物言いだろうが、自分もかつてそうだった覚えがある獅子倉は敢えてそれを受け流した。信用してない大人に対して敬意を払う必要性など微塵も感じていなかったのは、獅子倉自身、今でもそう考えているというのもある。彼は、そういう相手には敬意など払わない。すべて社交辞令で対処するだけだ。その中で、『敬意を払っているようにも見える振る舞い』をすることはあるが。
自分がそうなので、健喜に対してもとやかく言うつもりもない。
「ええ、そうですね」
すると、敢えて挑発するように無礼な口をきいた自分に、まるで意に介していないようにそう返す獅子倉について、健喜は、少しだけ他の大人とは違うと感じていた。だがそれですぐ態度を改める訳ではない。その程度ではまだまだ信用などできる筈もないからだ。
それでも……
「ちょっと、話がある…」
そう言って、玄関を出ていこうとする獅子倉に健喜もついていった。
駅までの道を歩きながら、健喜は言う。
「さっき、あいつらの親を訴えないかって言ったよな。あれ、本気なのか?」
その問い掛けに、獅子倉はさらりと答える。
「本気ですよ」
そんな獅子倉に健喜は、やや食いつくようにさらに問い掛けた。
「訴えるって、できるのか?」
「可能です。動画も撮りましたから、証拠もありますし」
「って、撮ってたのかよ…!?」
「ええ、癖ですね。証拠になりそうなものは押さえるというのが」
こともなげにそう言う獅子倉に、健喜はむしろ薄ら寒いものを感じ、ぞくっと体が震えるのを自覚した。だが、それを悟られないようにと抑え込みつつ、続ける。
「いくら、要る…?」
「弁護費用ですか? 残念ですがあなたのお小遣いでは払える額ではありませんが、お母さんと相談の上で検討させていただくことになりますね」
「やっぱり、金かよ……弁護士ってそうなんだな…」
「弁護士はボランティアではありません。ただ、私の場合は個人事業主でもありますのでその辺りは割と気分次第ですし、今なら特別に無料でさせていただくことも可能ですよ」
「…! やっぱりお前、信用できねー……」
さらりと『弁護費用無料』などという条件を出してきたことに、健喜は逆に警戒した。
『ほお…?』
無料と言われて飛びつかなかった彼に、獅子倉はほんの少しだけ、感心したように目を細めたのだった。




