訪問
『もしよろしければ、先ほどの少年達の親を刑事告訴しませんか?』
見ず知らずの男に突然そう声を掛けられて、健喜はギョッとなった。
『はあ? 何言ってんだこいつ…!?』
と思ってしまった。確かに彼らのことはムカつくし、仕返しもしてやりたいと思う。だが、だからといって、自称<弁護士>の得体の知れない男の提案を聞き入れるほど健喜はお人好しでもなかった。
『バカじゃねーの、お前』
とは頭の中で罵っていたが、敢えてそれは口に出さず、男の声が聞こえなかったかのように完全に無視して、その場を立ち去ろうとした。
「……」
そんな健喜を、男は、獅子倉勇雄は、黙って見送る。
獅子倉が健喜を見かけたのは、偶然だった。電車で被疑者の家に向かおうとして、駅を降り、ナビを頼りに歩いていたらたまたま出くわしてしまっただけだ。
だが、仮にも弁護士であるため、複数の人間から一方的に暴行を受けるという現場を見てしまった以上、仕事のチャンスとばかりに持ちかけてみたのである。無論、この時の健喜のような反応が返ってくることは想定の上で。
しかし案の定、断られた。だから獅子倉はそれ以上関わることはやめ、再び被疑者の家を目指して歩き出す。
そして五分ほどで、被疑者と同じ苗字の表札を掲げた家を見付け、インターホンを押す。
「……はい…」
躊躇いがちに聞こえてきた声は、沈んだ感じの女性のそれだった。
「弁護士の獅子倉と申します」
「…どうぞ…」
訪ねていくことは既に電話で伝えてあったのでそのまま迎え入れられたが、インターホン越しにも戸惑いが伝わってくる。無理もない。家人が逮捕されてその件で弁護士が訪ねてくるなど、普通ならそう頻繁にあることではないのだから。
決して大きくはないが門を備えたその家は、建売住宅のようだった。豪邸ではないにしても、それなりの価格はしそうな家である。それだけを見れば、私選弁護人を雇う余裕もないようには見えなかったが、その辺りの経済事情は家を見ただけで判断がつく訳ではないので、獅子倉は関知しない。
「まず、この度の件につきましては、心よりお見舞い申し上げます」
リビングに通された獅子倉はそう言って丁寧に頭を下げた。その獅子倉の前には、暗い表情をした女性がソファーに座っている。被疑者の妻、織江だった。
織江は俯きがちのまま、獅子倉とは目を合わさずに、ぼそぼそと呟くように言う。
「それで……これからどうなるんでしょう……?」
『自分達の生活はどうなってしまうのか?』というニュアンスの問い掛けだった。しかしそこには、逮捕された夫への気遣いは感じ取れなかったのだった。




