接見
そんな獅子倉が、エスカレーターを走って上ろうとして<事件>を起こした被疑者の弁護をするというのは矛盾しているように感じるかもしれないが、彼にしてみればそれも<法に則った行為>でしかないので、特に矛盾することではなかった。
そして彼が法に従うのは、それが『正しいから』でも『正義だから』でもない。この社会で生きていく限りは結局はそうするのが一番トラブルが少なく済むからである。
一方で、運転免許は持っているが、公道では自動車は運転しない。
使うこともあるかと考えて免許は取ったものの、それでしばらく自動車を運転したものの、制限速度を守って走っていると煽り運転をしてくる者が少なからずおり、ドライブレコーダーで映像を撮り、それを用いて煽り運転を行った者を数十人ばかり刑事告訴したものの、
『制限速度を守る奴が悪い』
と考える者のあまりの多さに辟易してしまい、公道での運転をやめてしまったのだった。
しかし自動車を運転すること自体は楽しさもあったので、現在は月に数回、サーキットで愛車を走らせる程度にとどまっている。
ちなみに彼の愛車は、ケータハム・スーパーセヴン・クラシックの、レーシングキャノピー仕様である。外見は昔のレーシングカーそのままで、ドアさえない二人乗り。新車として納車された状態のままのまったくの無改造でありながら、幌を付けられない仕様なので雨の日には使えないという、超スパルタンな自動車だった。
もっとも、普段はサーキットに隣接するシャッター付きガレージに保管し、雨の日には乗らないので何の問題もなかったが。
と、少々余談が過ぎたようだ。
とにかく、『法を守る者こそが悪人扱いになる』という不合理に過ぎる状況に付き合っていられないと考える彼は、普段の移動はタクシーか、公共交通機関か、でなければ原付バイクという現状に何の不満もなかった。
そしてバスで被疑者が勾留されている警察署に向かい、接見した。
すると、被疑者の男は獅子倉と向かい合うなり、
「弁護士さん! これは不当逮捕ですよ。今すぐ釈放するように言ってください!
まったく。俺は休日でも仕事とあれば真面目に働く善良な一般人ですよ?。俺達みたいなのが汗水たらして頑張ってるから今の日本は成り立ってるんです。それを、バカみたいにダラダラと遊び惚けてる連中が邪魔をして、しかも警察に訴えるとか、ホントに頭おかしい奴が増えましたよ。子供も躾けられないような親が増えたから、世の中はどんどん悪くなっていく一方だ」
とまくし立てた。
獅子倉はそれを、冷淡な表情でただ聞いていたのだった。




