触法行為
集団自主退職した職員の中には、当然のように敬三が最も嫌っている職員もいた。
そして、その職員達は、自ら組合を立ち上げて、自分達を自主退職へと追い込んだ<もえぎ園>側の対応は<不当労働行為>であるとして、<体罰の全面禁止>撤廃と、自分達の再雇用を求めて抗議を始めたのである。
自ら退職しておいてその言い草はどうかと考える向きもあるだろうが、現代日本においては、ただ自らの主張を述べるだけならそれは認められている行為なので、宿角梢も<もえぎ園>側も、交渉のテーブルには着いた。無下に突っぱねることはしない。
しかし、元職員側の要求は、一方的に自分達にばかり都合の良いものでしかなく、およそ聞き入れることのできるものではなかった。ましてや<体罰の全面禁止>は、文部省からの正式な通達を基にしたものだ。それを撤廃するということは、法的な根拠ともなり得るそれを蔑ろにしろと言ってるのも同じだった。
法律に基づかない主張であっても、主張するだけなら<表現の自由>、<思想信条の自由>なのかもしれないが、認めてもらおうと思うのなら正式に裁判でも起こし、司法に判断してもらうべきだろう。
実際、元職員側はその為の準備もしていたようだ。
だが、元職員の一部は感情を昂らせて先鋭化し、梢や<もえぎ園>を誹謗中傷するビラを作成し、ばら撒くという行為に及ぶに至った。
その元職員達も、元々はそれなりに真面目に勤務しており、決して最初から<悪人>だった訳ではなかった。ただ、<自分の都合に合わせてルールや決まり事や法律を蔑ろにしてもいい>という感覚が染みついていただけだと思われる。
事ここに至って、当時の園長も激怒。それらの行為を刑事告訴することとなった。そして、中傷ビラを作成しばら撒いた元職員は正式に刑事被告人となったのである。
「なんで俺達が犯罪者扱いされなきゃならないんだ!?」
と、当該の元職員らは憤ったが、触法行為をしたのだからそれを問われるのは当然のことである。どのような理由があっても法に背けば罪を問われる。それが嫌だというのは、<甘え>でしかない。
しかしこの時、梢は、自分が至らぬばかりにこんな事態になってしまったのだと胸を痛めていた。
「私のやり方が間違っていたの……?。もっと丁寧に、ううん、他の説明の仕方があったのかも……」




