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薄っぺらい嘘

考えてみてほしい。


自分が信頼も尊敬もしてない相手から一方的に殴られて道理を説かれて、それを素直に聞き入れられるだろうか?


自分が嫌ってる相手に一方的に正論を吐かれて、『はい、分かりました』と本心から言えるだろうか? 反省などできるだろうか?


人間は、そんな単純な生き物だろうか?


この場合、相手が<正しい>かどうかは問題ではない。相手の言ってることが正しい、正論であるというだけで何もかも聞き入れられるのであれば、すでに存在する法律を守らないという選択はない筈である。


しかし多くの人間は、『このくらいなら』と言って法律やルールを無視することがある。しかもそのことを指摘されると言い訳を並べて逆ギレする。


『このくらいいいだろ。大目に見ろ』


『他にも無視してる奴はいるだろ、そっちを先に捕まえろよ』


等々。普段は正論を並べて、『決められたことは守れ』、『怒られるのは、怒られるようなことをするからだろ』という人間が、自分が『決められたこと守らずにそれを責められたらキレる』のだから、説得力などあるはずもない。


敬三がその職員について決定的に『こいつ、信用できない』と判断したエピソードがある。


それは、彼がまだ四歳の時のことだった。当時はまだ禁煙ではなかったが、その職員が園庭の隅で煙草を吸っていて、吸い殻を、グレーチングの蓋に覆われた排水溝へと投げ捨てたことがあった。この行為を見ていた園児の一人が、


「せんせい、すいがらはちゃんとすいがらいれにすてなきゃダメだよ」


と指定したのを、


「うるさい! どうせ流されるからいいんだよ!」


などと、半ば逆上したきつい物言いで返したのである。しかもその直前に、決められたところにゴミを捨てなかった園児の頭に拳骨を食らわした上でのことであった。


この時、その職員は家庭のことでストレスを抱えていて虫の居所が悪かったらしい。しかし、だからといってそんなことは園児達には関係ない話である。にも拘らず、『決められたことを守れ』と拳骨を食らわしつつ子供には命じておきながら、自分は決められたことは守らずに、しかもそれを指摘した園児を逆に『うるさい!』と叱責したのだ。


それを、敬三は見ていた。だから、


『こいつ、おとなのくせにきめられたことまもってねーじゃねーか!』


と憤り、決定的に信用できなくなった、尊敬などできる筈もなくなったのである。


『こんなことはよくあること』と、多くの人間は言うだろう。『その程度のことで』と思うだろう。だが、子供が大人のことを信用するかしないか、尊敬するかしないかは、そんな些細な振る舞いの積み重ねなのだ。


こうして敬三から『偉そうなことを言いながら自分は決められたことも守らない、どうしようもないクズの大人』と認定されたことにより、その職員がどれほど正論を並べようとも、敬三から見れば<口先だけの薄っぺらい嘘>でしかなくなってしまったのであった。



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