厳しい躾
脅すでもなく諭すでもなく、宿角蓮華はただ淡々とそう語った。石田葵(仮)をあやしながら。
すぅすぅと寝息を立て始めた葵をそっとベビーベッドに戻すと、蓮華はノートPCを手に取って園長の机に戻り、椅子に腰かけて再び養親希望者の審査を再開した。
その表情は、苦虫を噛み潰したかのような浮かないものだった。彼女の眼鏡に適う養親希望者が見付からないからだというのはすぐに分かった。
「私はね。自分に甘い癖に『子供は厳しく躾けるべきだ』とか平気で言っちゃう奴を見ると虫唾が奔るの。『躾が必要なのはあんたの方でしょ!』としか思わないのよ。ネットで他人を罵ってる奴とか、オラついて他人を威嚇してるような奴がそんなこと言ってたら、それこそ便所に流してやりたくなる。まあ、物理的にできないことだからこそそう思うんだけどさ。実行不可能だから。これで『殴ってやる』とか『ぶっ飛ばしてやる』とか言っちゃうと、私も同類になっちゃうからこれでも気を付けてんのよ。
大人だって人間だから完璧じゃないし間違いも犯すわよ。ムカついて感情的になってつい声を荒げることもあるでしょう。そういうことすら許さないとか言うつもりはないの。ただ、それを正当化するなって言いたいだけ。間違ったり感情的になってついってことを正当化しようとするような奴が躾を語るなって言いたいだけ。
私がこの<もえぎ園>でモットーにしてること、知ってるわね?」
「は、はい、『生まれてきてくれてありがとう』、です!」
「あ~、改めて他人の口から聞くと、こっ恥ずかしいわね。実にお花畑な響きだわ。変な笑いしか出てきやしない。
でもね、それが本心なの。たとえ子供を愛せない親から生まれようと、殺人鬼の子として生まれようと、病気や障害を持ってようと、私にとってはすべて『生まれてきてくれてありがとう』なのよ。
まあ、私がいくらそう思ってても、大人になったらネットでグダグダ愚にも付かないことを垂れ流すような人間になっちゃうかもしれないしそういうのは頭を抱えるけど、だからといって『お前なんか生まれてこなきゃよかった』とは言わないわ。私にとってはムカつくような人間でも、そこには何かの可能性が常にあるからね。
私は、この世の全ての人間が私にとって都合のいい存在でいてほしいとかは思ってないの。私のやってることこそが絶対に正しいとも思ってない。他にいいやり方があるのなら是非それを実行してほしいと思う。単に、私にはそれしかできないからそうしてるだけよ。
ただし、自分が気に入らないからって他人を殺そうとかいう考え方は容認しない。そんなの、自分が要らないからって子供を生み捨てる奴と同じだからね」