目先の仕事
神村井雫との面会を終えて、戸野上は事務所に戻ってきていた。他の仕事の書類にも目を通さなければいけないからだ。
彼の探偵事務所は実に忙しい。特に最近は太客と言える客がいて、頻繁に仕事を依頼してくるのだ。内容自体は素行調査のようなものが殆どだが、とにかく金払いが良い。それは彼の探偵事務所が誠実に仕事をこなしているが故に信頼されているというのもあるだろう。
日本でも有数の大企業の重役を父に、日本全国にフランチャイズを持つエステサロンのオーナーを母に持ち、かつ自らもいくつかの特許を持ち、その特許使用料だけで戸野上の事務所が引き受けた仕事の料金を払っている女子高生という、まるでマンガのような少女だった。しかも頻繁にその少女が雇った弁護士とも共同で仕事をするので、そちらの費用もその少女が払っているはずである。
「世の中には、突拍子もない人間もいるってことだな。人間は全て平等とか、つくづく有り得ないと分かるってもんだ」
その少女からの依頼の書類を見て、ついそんな独り言が漏れる。
自分のこともそうだし、<もえぎ園>に保護されている子供達のこともそうだし、釈埴新三だってそうだろう。彼は自力で様々な問題を解決できるような人間ではない。この少女とはそれこそ大違いだ。生来、持っているものが違いすぎる。経済力や地位もそうだが、人間としてもスペックが桁違いなのだ。
自分や釈埴が軽自動車なら、この少女はそれこそシルエットフォーミュラだろう。その上ともなれば、もはやF-1とかになってしまうに違いない。素性が違うのである。
『この子はきっと、将来、世界すら動かすんだろうな……』
そんなことも思う。しかし今は、目先の仕事だ。これが片付けば、次は、釈埴の高校時代の友人に会うことになっている。
今も所在は掴めていないが、確実に本人に迫っているという手応えは掴んでいた。できれば警察より先に接触したい。警察に身柄を抑えられてしまうと、なかなか迂闊に話も聞けなくなるからだ。
戸野上は彼を裁きたいのではない。ただ妻と子(血は繋がってなくても)がどうなったかを突き付けてやりたいだけだ。それで彼がどう思うか、何をするかはもう与り知らぬ。
テレビで報道もされたから、何があったのかだけは既に知っているかもしれないが。
釈埴は今、どこで何を思っているのだろう。
それに辿り着いたところで何があるでもない。愛良とよりが戻ることもないだろう。子供についてはそれこそあの宿角蓮華が引き渡す筈もない。確実に<もえぎ園>で保護している方が安全かつ幸せにもなれるに違いない。他ならぬ戸野上自身の実感である。
だが、それでも、なのだ。




