神村井雫
『なるほど…、これが釈埴が愛良と結婚した理由か…』
向かいに座り間近で見ても、双子と言われれば信じるしかないというくらいに似ていた。じっくりと見ればもちろん細かい違いはあるし、よく『いくら似ていても耳の形は違う』と言われるように、耳の形は違っていたので、やはり別人ではある。
「釈埴くんのことで訊きたいことがあるとか…?」
怪訝そうな顔でそう尋ねる神村井雫に、戸野上は精一杯の<営業スマイル>をしてみせた。
「はい、実は彼の奥さんが入院していまして、それをお伝えする為に行方を捜しているという訳です」
「……それで何で笑ってるんですか…?」
満面の笑みを浮かべる戸野上に対し、不快感を隠そうともせず神村井雫が言う。しかしそれは、戸野上が仕掛けた<揺さぶり>だった。釈埴新三のことをどうとも思っていなければそこまでの反応はしないものだろう。釈埴のことが気になっているからこそのものだという推測が成り立つ。
それを察した戸野上は、すっと笑顔を引っ込めて、今度は冷淡な顔をしてみせた。
「そうですね。笑う場面ではなかったですか。私は彼に責任を取っていただく為に探していますから」
と言い放つと、神村井雫の顔が一層、不快そうに歪む。
「釈埴くんに何の責任があるんですか……?」
「そうですね。差し当たっては<保護責任者遺棄>ということでしょう。なにしろ彼は、病気を抱えた奥さんを放って行方をくらました訳ですし」
「…彼は、そんな人じゃありません……」
「…なぜそう言えるんです? かつてお付き合いしていたからこその勘ですか?」
「失礼な人ですね…」
「よく言われます。ですが、これも仕事柄必要なことなので、慣れましたよ」
「……」
不愉快そうに顔を歪めたまま、神村井雫は黙ってしまった。
そんな彼女に戸野上は言う。
「彼の子供を堕胎させられても、好きだったんですか……?」
「…な……!?」
『何故そのことを!?』と口にしそうになって、しかし彼女はそれを呑み込んだ。とは言え、そう言いかけた時点で戸野上の術中にハマっていたと言えるだろう。
これは、不確実な<噂>レベルの話だった。釈埴については覚えてる人間も少ないが、神村井雫の方はそこまででもなく、彼女のことを調べる中で、中学の頃に人工妊娠中絶を行ったという噂が引っかかってきたのである。それもあくまで裏の取れない噂でしかなかったが、カマをかけてみたところ大当たりということだった。
「彼の両親に説得されたということですか。なるほど。あなたの体に宿った新しい命より、教師としての体裁が大事だったということですね、彼の両親にとっては」




