違和感
自らの過去も振り返りつつ戸野上は、釈埴新三の足跡を追った。あまりに細く頼りない、まるで蜘蛛の糸を手繰り寄せようとするかのような作業であったが、戸野上は他の仕事もこなしつつ、空いた時間を使ってそれを辿った。
小学生時代の釈埴新三についてはそれこそ覚えている者が少なかった。覚えていた者がいたとしても、<クソ教師の息子>という実に好ましくない形での記憶だった。そしてそれは、教師である釈埴の両親には向けられない憤りを息子に対して吐き出すという形であった。
要するに、釈埴をイジメていたということである。
大人しく目立たなかった彼をイジメることによって、教師である彼の両親から受けたストレスを息子に対して転嫁していたということだ。
ある元同級生は言う。
「私はあいつの父親のせいで人生を狂わされたの。あいつが親の責任を取るのは当然でしょ? 子供なんだから」
悪びれることなくそう言い放ち、思い出したくもない過去を思い出させられた不満を、その後延々と戸野上に対してぶちまけたその元同級生は、今、夫と離婚調停中だそうである。しかしそのことすら、
「それもこれも、あいつの父親の所為よ…!」
と吐き捨てる始末だった。
その姿を見て、戸野上は苦笑いを浮かべる。
『この元同級生は、俺が辿ってたかもしれない可能性の一つだな……』
自分の鬱憤の捌け口を他人に求めて、その他人が自分と同じ<生きた人間>であることを考えようともしない。だから結婚した相手のことすら考えることができない。それで他人と生活を共にすることなどできる筈もない。故に結婚が破綻する。
実に分かりやすい事例と言えるだろう。
しかし今はそんなことはどうでもいい。釈埴が小学生時代、親の尻拭いをさせられる形でストレスの捌け口にさせられていたことを改めて確認し、
「この度は貴重なお話をありがとうございました」
と、まったく心のこもっていない、しかし完璧な<営業スマイル>でなおも愚痴をこぼそうとする相手を制し、戸野上は次の手掛かりへと向かった。
まだ梅雨には時間があるであろう時期にも拘らず、しつこいくらいに降り続く雨の中、今度は釈埴が中学の時に、恐らく唯一と言っていい、辛うじて交流があったと思われる相手だった。
名前は、神村井雫。現在は小学校の教師をしているのだという。
日曜日の午後、一時間だけという条件で会う約束を取り付け、待ち合わせの喫茶店に赴いた戸野上は、何とも言えない違和感を覚えた。店に入ってそれらしき人を探した途端に、そこにいる筈のない人間を見てしまったからである。
『釈埴愛良…?』
探偵として数えきれないくらいの人間の顔を見てきた戸野上でさえそう思ってしまうほどに似ていたのだ。
神村井雫は、釈埴愛良に。