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赤ずきんちゃんは狼さんに攫われました

作者: 雪代刹那

 夕暮れ時、俺はこの時間が好きだ。この時間帯の空は様々な顔を覗かせる。俺は今日もぼんやりと空を眺めていた。今日もいつもどおり、辺りが薄暗くなり始めた。俺が部屋に戻ろうとした時、近くの茂みが大きく揺れた。

 此処は森の奥地だ。近くに狼達の塒も存在する。それに今は夜に移り変わろうとしている時間帯だ。人など来るはずがない。警戒しながら、茂みの様子を伺った。すると、女の子が出てきた。

 赤いケープを纏い、栗色の柔らかそうなショートヘアーに、晴天の空を思わせるようなスカイブルーの瞳でクリッとした大きな眼をしていた。それに小柄な体格が合わさり、まるでリスのような子だ。

 少女は辺りを見回して、俺を見つけると、駆け寄ってきた。

「ごめんなさい。迷ってしまって、帰り道が分からないの。村までの道を教えて欲しいの」

「分かった。付いてこい。近くまで案内する」

 俺は村の近くまで案内した。

「此処まで来れば分かるだろう」

 その少女をその場に置いて帰ろうと踵を返した時だった。

「ねぇ、あなたのお名前教えてくれる?」と後ろから声が掛かった。驚いて俺は振り返った。

「私はフランっていうの。あなたは?」

「・・・俺は、ルプスだ」

「ルプス・・・素敵な名前ね!ルプス、ありがとう」少女はオレに向かって、満面の笑みでお礼を言った。その笑みはまるで日だまりのように暖かくて可愛らしかった。俺は何も言わず、立ち去った。


 帰り道、フランのことを考えていた。村に住んでいるやつなら皆、教えられるはずだ。森の奥に住んでいる狼男に近づいてはいけない、関わってはいけない、と。なのに、フランは森の奥に住んでいる俺に怯えた様子もなく、話しかけた。気づかなかっただけだろうか、俺の正体に気が付けば、フランはあの笑顔を憎悪の表情に変えるだろう。もう二度と見ることはないであろうフランの笑顔が頭から離れない。会うことはない、会ってはいけないのにまたあの笑顔が見たいという衝動に駆られた。


 翌日、俺は村の近くまで降りた。もう一度、遠目でいいからフランの笑顔が見たかったのだ。フランを見つけ、俺は木の陰からそっと見つめた。フランは丁度友達といるところだった。楽しげに笑顔で話しているフランを見て、幸せな気持ちになったが、自分に向けられることが一生ないのだという事実に胸が苦しくなった。もう、虚しくて苦しい気持ちになるから帰ろう。此処でこの感情を捨てていこう、でも最後にもう一度、とフランを見ると、目があったような錯覚に陥った。そんなわけがない。ここからはだいぶ距離が離れているし、気のせいだ、と思い森に帰る途中、後ろから「待って」と声がした。まさか、と振り返って見ると、そこにはフランが立っていた。

「ルプス!来ていたのね!私、ちゃんとお礼したくて・・・。夕食をご馳走したいのだけれど、どうかしら?」

 俺は静かに首を横に振った。フランと話せたことは嬉しかったが、俺とフランはあまりにも違いすぎる。関わってはいけないのだ。

「そうよね、今日は急よね・・・。暇なときでいいの。次はいつ村に来るの?」

 フランは俺が狼男だと気がついていないのだと悟った。一回、そう一回だけなら。今までずっと孤独で独りきりだったのだ。一回でも幸せな時があってもいいじゃないか、と思い「明日なら」と答えた。

 フランは嬉しそうに「明日ね、夕方に此処で待っているわ」と言い残し、村に戻っていった。

 生まれて初めて、人と約束した。凍ったが心がじんわりと暖かくなった。明日が来るのが待ち遠しかった。


 翌日の夕暮れに昨日フランと話したところで待っていると、フランがやってきた。俺を見て、嬉しそうに駆け寄って来た。

「こんばんは!来てくれて嬉しいわ。私の家はこっちなの」と俺の手を握り、歩き出した。

 繋がれた手から温もりが伝わり、鼓動が早くなるのを感じた。

 フランの家に着いた。フランの作った料理を食べ、会話する楽しい時間だった。暖かくて、心地よい充実感。幸せとはこんな感じなのか、と知った。

 この時間がずっと続けばいいのに、と願ってしまう。しかし、時間は無情にも過ぎていき、月が高く登り出した。俺は名残惜しかったが、「そろそろ帰る」と言い、家を出ようとすると、後ろから服を引っ張られた。振り返ると、フランが俯きながら俺の服の裾を掴んでいた。

「・・・どうした?」俺は驚きながら、訊ねた。

「もう帰ってしまうの?今日はもう遅いし、泊まって行っていったらどうかしら?」と寂しそうに言った。

 俺は驚いて、言葉に詰まったが、これ以上フランと一緒にいたら、離れられなくなってしまう。なにより、フランの無防備な言動が心配になった。

「心遣いは嬉しいが、見知らぬ男を簡単に泊めてはいけない」とフランを窘めた。

 フランの頬に朱が指した。

「そうよね。私ったら、はしたないわ」と俺の服から手を離した。

 フランと外に出ると、丁度数人の男達と鉢合わせた。その男達は俺を見て、嫌悪感と恐怖が入り混じった表情をして、声を荒らげた。

「なんでこんなところにお前がいる!?お前は森から出ない、そういう約束だろう!フランをどうする気だ!」と俺からフランを引き離した。

 フランは驚いた顔をしていた。知らず知らずのうちに狼男と接していたのだから、当たり前だろう。俺はフランが何か言う前に、顔を見ないようにして、走って森へと引き返した。

 村から森へとの境界線で後ろから足音が聞こえ、何者かが追いかけてくるのに気がついた。あの男達が仲間を引き連れて退治にでも来たのだろうか、と思った。しかし、足音は一人分なのが妙に気に掛かり、足を止め、様子を伺った。

 遠くから赤い色が見えた。追いかけて来たのはフランだと分かった。フランは何しに一人で来たのだろうか?俺を罵りにでもきたのだろうか。騙すつもりはなかったが、結果騙したようなものだ。恐怖と疑問が入り混じる。

 フランから村人達が俺を見るときの嫌悪の目で見られたくない。立ち止まった足を動かそうとした時、「ルプス、待って。お願いだから!」とフランが叫んだ。

 必死な声に思わず足が止まった。そんな俺を見てフランは走りながら、俺の元に来た。   

フランは息を荒げながら、俺の服の裾を掴んだ。

俺は戸惑いながら、フランの息が整うのを待った。

「ごめんなさい」

 フランは謝った。

「どうして、お前が謝る?」

「だって、ルプスに嫌な思いをさせちゃったじゃない」

「嫌な思いなんてしてない。村人の反応は当然のものだ。むしろ俺の方こそお前のこと騙していた。謝るのは俺の方だ。すまない」

「どうしてルプスが謝るの!ルプスは何も悪いことしてないじゃない。私のことを助けてくれた恩人なのに」

「しかし、俺はお前に狼男だということを黙っていた。・・・お前は俺が怖くないのか?」

 俺は聞きたくないことを聞いてみた。フランの反応が怖くて顔を見ることができなかった。

「私ね、ルプスのこと知っていたの。でもね、怖くないわ。だってルプスが人よりも優しいことを知っているから。初めて会った時から私、ルプスのことが好きだったの」とフランは頬を赤らめ俺を見つめた。

 俺は夢でも見ているのかと思った。こんなこと現実ではありえない。俺のことを好きになってくれる人なんていないと思っていたから。

 フランは言葉を続けた。

「ルプスは?私のことどう思っているの?」

 フランは不安げな色を瞳に宿して、上目遣いに俺の様子を伺った。俺は思わずフランを抱きしめていた。

「俺も好きだ。けど、俺のことは忘れるんだ」

「どうして?忘れることなんて出来ない。なんでそんな事を言うの?私、ルプスと一緒にいたい。お願い、私を攫ってよ」

 俺はフランを離し、背を向けた。

「・・・俺より、フランのことを幸せにしてくれる人がいる。だから、出来ない」

 なにか言いたげなフランを残して、狼に変身して、帰路に着いた。もう二度と、村には降りない。フランにも会わない。どのみち狼の姿を見せたため、嫌われたかもしれないが。

 ルプスが去って行ってフランは村へと戻った。そこには村人が心配そうにフランに駆け寄った。


 数週間、俺の心は実に空虚だった。何にも関心がわかず、ただ時間を浪費していくだけだった。時折、フランと過ごした幸せな時間を思い出し、虚しくなるのだ。そろそろいつも通りの生活に戻らなければ、と自分に言い聞かせ、水浴びをしに泉へと向かった。その途中、辺りが普段より騒がしいことに気がついた。この辺りには狼の群れが住んでいる。

 何かあったのだろうか。騒がしい方向に進んで行った。

 その先にはフランが狼の群れに囲まれていた。俺は急いで狼を追い払い、フランを助けた。

「どうしてここに来た!此処は狼の群れが住んでいる、そう聞いていないのか。俺が来なかったら、殺されていたぞ」

 俺はフランを怒鳴ってしまっていた。フランは体を強ばらせ、声を震わせながら、答えた。

「ルプスに会いたかったの。此処は狼の群れが住んでいるのは知っていたわ。でも、それでも会いたかったから」

 その言葉に戸惑いが隠せなかった。

「私、もう村には帰らないつもりよ。ルプスと暮らすって決めたの。私ね、この数週間ずっと考えたの。何度考えても私の幸せはルプスと一緒じゃないと駄目なの」

「・・・本当に、本当にいいのか?後悔しないか?俺と一緒で、本当に」

「ええ、いいの。後悔なんてしないわ。好きな人と一緒にいることを後悔するわけ無いでしょう?ルプスじゃなきゃ、駄目なのよ」

 フランはふわりとした笑顔を俺に向けた。

「そう、だな。俺もフランが好きだ。フランと一緒にいたい」

 フランをぎゅっと抱きしめた。俺達の選択は間違っているのかもしれない。でも、もう俺はこの柔らかくて温かな幸せを手放すことなど出来そうもなかった。



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