目が覚めたら、この世はコミック!
普通にスマホの目覚ましで起きて、いつものように布団から飛び出した。
なんか、今日の布団は軽いぞ。
俺は目が悪いんで、コンタクト無しじゃ何もかもぼやけている。
一人暮らしの1Kマンション、洗面所で顔を洗い、タオルに手を伸ばす。
顔を拭いたタオルはクシャクシャ丸めて、ランドリーバスケットへポイッ。
俺は1日使い捨てのコンタクトを嵌めて、鏡の中の自分と目を合わせて、初めてその異変を知った。
「何だよ、こりゃ!?」
俺の顔は漫画になっていた。
ガーン、という効果音が鳴った。
テレビのテロップみたいに、俺の胸高さ辺りに文字が出た。
「ガーン!」
「ヤベッ。二日酔いか? 昨夜は悪友達に無理やり飲まされたんだっけ…」
俺はゴシゴシ瞼を擦って、もう一回鏡を見た。
「こんなの、嫌だぁっ!」
俺の目がデカ過ぎる。
これはもう、人間の目のデカさじゃない。
それに不満なんだけど、劇画タッチの絵の割には線が雑で、俺の顔はデッサンが歪んでいる。
「これは夢だ!! そうだよな、夢オチなんだよ!!」
俺は会社に行く支度も忘れて、とにかくベッドに戻った。
そして、昼まで寝た。
昼過ぎ。
起きた瞬間、俺は絶望した。
俺を囲む景色全部が、カラーだけど漫画なんだ。
布団の線はさっきりよりも雑。
「がっひょーんんん…!」
さっきよりも軽い効果音が鳴った。
「ヤバい。画素数落ちた感じだよ! これは夢じゃないのかぁ!?」
俺は現実を拒否したかった。
鏡を見たら、俺の顔はどんどんアッサリしたコミック調になっていく。
「冗談だろぉー。さっきより目がデカくなってるじゃん!」
俺は頭を抱えた。
俺はハッとした。
ハッというテロップが出た。
俺は玄関まで走って、サンダルを突っかけ、パジャマのまま外へ出た。
廊下から、新人アシスタントが描いたみたいな、透視図の点がずれた景色が見えた。
世界が歪んでいる。
「カヒー。カヒー」
意味もなくカラスが飛んでいき、カラスの下にも文字が出ていた。
「おはようございます…」
隣室のドアが開き、学生の町田さんが出て来た。
町田さんの顔も漫画になっていた。
何故か、町田さんは実物より可愛くなっている。
しかも、胸がエロコミックみたいにデカ過ぎる!
「お、おはようございます…なんて言ってる場合じゃないでしょー!」
「あらー、寝坊しちゃったんですか? じゃ、急いで行かなきゃ。アハハハ…」
町田さんがあり得ない巨乳を揺すって、漫画っぽく笑う。
喋っている時、彼女の顔の横に吹き出しが出て、そこに台詞が書いてある。
「こんな世界は嫌だ! もう一回寝よう!」
俺は言い終わる前に、
「待てよ。次起きて、俺の顔がもっと雑になってたらどうしよう。もっとデッサン狂ってたら。ギャグ漫画レベルの簡単な顏になってたら。…いや、どういう漫画から元に戻りやすいとか、既にそういう次元じゃないぞ…」
と、考え直した。
俺の住むマンションだけじゃなくて、街全体が漫画になっているのは明らかだ。
こんな時に会社に行ってられるか。
そこに、会社の広田先輩から電話がかかってきた。
「早く来いよ! おまえ、午後一番の会議のプレゼン、どうする気なんだ?」
俺は先輩に怒鳴り返した。
「それどころじゃないんですよ! 世界が漫画になってるんです!」
「それがどうした! おまえ、バカじゃないのか!?」
先輩はこの世界を当たり前みたいに受け止めていた。
「おい、漫画になったぐらいで、どうだって言うんだ? 他は何も変わってないんだぞ!」
「漫画になったら、働かなくていいんじゃないですか?」
「何言ってるんだ。漫画は誰か読み手がいるから成り立つ世界なんだ。常にスクロールされてなきゃならないんだ。止まるな!」
「何なんですか、スクロールって?」
俺達は言い争った。
俺は部屋に戻って、テレビを点けた。
ちょうど、ニュースが始まった。
エロコミック系の女子アナと、ギャグ漫画系のキャスターが登場した。
本当に二人が画面から出てきた。
「中継でーす。会社をサボった人がいます。お話を聞いてみましょうー」
俺はこれがリアルかどうか確かめる為に、あえて、女子アナに触れてみた。
女子アナは俺を軽蔑した眼で見た。
女子アナは生温かく、柔らかかった。いい匂いがした。
「次の中継に行きましょう」
彼等がテレビの画面へ戻る時、俺もついて行った。
俺はテレビの画面を跨ぎ、中の世界へ入った。
「あっ、危ない。面白くないと、ページを閉じられてしまいます…。漫画だから」
女子アナが俺に言った。
世界が急に暗くなった。
「元の世界に戻れるの?」
俺が聞いたら、女子アナは漫画の顔を悲しそうに振り、
「二度と戻れません。連載中止になるんです。それは人生の終わりです」
と、答えた。
「誰が俺の人生を決めるんだよ? 他人の価値観を押し付けられてたまるか。俺は俺の人生を生きてる…」
俺が叫んでいるのに、俺の目の前の空は真っ暗になっていく。
理不尽だ。
本当に世界が漫画になってしまったんだ。
パタン、と効果音がした。
もう何も見えなくなった。