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ある魔心導師と愚者の話  作者: 藤一左
《禍根の瞳》編
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第六話『思念共鳴』

 停学って最高だわ。


 畳の部屋に寝転がって、俺は思った。なにが最高って、二クールアニメを見返してもまだ時間が余ってるんだぜ? そんな日々が二週間もあるんだぜ?


 つまり俺は停学生活を満喫しようとしているわけだ。唯一残念なのは、沢山買ったはずのエロ本が十冊以上見当たらないという点である。んー、まぁでも沢山買いすぎて自分でもいくつ持ってたか解らんのだけど。エロ本を隠すカムフラージュとして置いていた魔心導の文献コピーしたやつもごっそりと無くなってるから、余計にどれだけのエロ本が無くなったのかも解らない。


 そういうわけで一日目が終わりかけの、夜も更けた頃合。


「兄上。お勤め」


 そんな淡白な台詞やら声と共に、がらりと襖が開いた。入ってきたのは長い黒髪と猫みたいに鋭い、けれど怖くもなんともない瞳が特徴の我が妹、春香だ。ただし巫女服姿でもパジャマでもなく、デニムパンツにフリースを羽織った、ラフな格好である。


「何言ってんのお前、俺、今、停学中だよ? 外出禁止外出禁止」


 真面目な妹を嘲ってやった。いやー、停学最高。


「うん。だから、夜中にお勤め」


 当たり前のように春香はそう言った。


「……は? 高校生は夜中に出歩いちゃいけないって知ってる?」


 もう十時過ぎてますよ? 夜間俳諧で警察に捕まるっての。


「大丈夫。母上は言ってた。警察署に向かえに行くのと、警察を泣き落とす覚悟は定まっている、と。だからお勤め行ける」


「かっこわるい覚悟もあったもんだなぁ」


 でも嫌いじゃないと思ってしまったのは俺が母さんの血を継いでるから? 遺伝って悲しい。


 まぁでも、警察に声を掛けられたところで絶して逃げればいいだけなんだけどね。警察からすれば突然眼の前に居た人間が消えたってことになるが、夜中であれば、警察が勝手に幽霊と出くわしたと思い込むだけだろうし。


「俺、眠いんだけど」


「私も眠い」


「お前は関係ないからいいだろ。眠くても」


「関係なくない。私もお勤め行くから」


「はい?」


 わけ解らん。


「共鳴の練習」


 一言で春香が紡いだ言葉に、ああ、と、俺は納得してしまった。


 共鳴とは思念共鳴という術の事で、思念体が視える人間――例えば俺だ――と同じ感情を共有している者と、俺の視覚を共有する事が出来るようになる術だ。


 魔心導師の術は接続ありきで成り立つ。詠唱を介して、思念体に触れられる魔心導師と、普通なら思念体に触れられない物質を接続し、対思念体の武器に変える。その要領と同じで、魔心導師と普通の人間の視覚を接続するのだ。つまり一時的に思念体が視えるようになるのである。


 条件は、俺ともう一人が意図的に感情を共有する事だけ。接続すれば簡単に俺の手足となる意思の無い物質と違って、生き物には感情があるからな。白紙の紙に絵を書くのは簡単だが、色んな絵がごったがえしている紙に絵を描くのは難しいのと同じ。だから、同じ感情というバイパスを経由しなければならないのだ。


 こう言うと難しい術のようだが、使うだけならさして難しくない。むしろ、魔心導師の基礎その一だ。


 俺はもう思念共鳴を使える程度には修行を積んでいるが、俺と視覚を共有するほうは修行をする必要は無い。その気があれば誰にでも発動出来る。


「お前にも俺にも、共鳴の練習はもう要らないだろ。つーか、わざわざ今やる必要あんの?」


 聞くと、春香は首を横に振る。


「いつか自分一人でも視れるようになった時のため、思念体に慣れておかないといけない。だから練習は必要」


 さいですか。真面目だねぇ。すぐ泣く弱い子のくせに。


「で、今やる必要は?」


「普段、兄上がお勤めしてる時は、私も巫女のお勤めしてる。だから兄上と一緒にお勤めに行ける機会がない。あと夜遊びしたい」


「最後がメインじゃないの、それ」


「母上が警察にお迎えに来る用意をしてくれてる今しか出来ない」


「良い子なの悪い子なのどっちなの」


気遣いはするけどルールは破っちゃうのね。


「嫌だよ。普通のお勤めもめんどうだってのに、なんでそんな事しなくちゃならん。俺はお前らと違って警察に捕まりたくないの」


 その言葉に、春香はすすんと鼻を鳴らした。笑ったつもりなのだろうが、表情は全く動いていない。


「兄上の停学期間は二週間。全部で十四日。私が隠したエッチな本の数は八。一回連れて行ってくれるたびに、一冊返してあげる」


「人質……だと……?」


 立派になったなぁ、春香。お兄ちゃん、感動しちゃった。


「レシートも見つけた。兄上がどこでエッチな本を買ってるかも、知ってる。連れてってくれないなら、この本屋さんに行って、この人は未成年ですって店員に教える」


「ふ……。妹の成長を見られるなんて、兄冥利に尽きるな」


 人質を取った上で追加の脅しとは、なかなかのクズの原石である。やってる事は道徳的な事なんですけどね。非があるのは全部俺だし。


「しゃーない、解った解った。行けばいいんだろ」


 そう言って立ち上がると、春香は表情ひとつ変えず、しかしなにやらキラキラしたオーラを身にまといながら、俺の部屋の隅にある木刀を取った。


「今すぐ。警察から逃げるの」


「お前ちょっとワクワクしてるよな?」


「してない。今すぐ」


「怒らないから言ってみ。ワクワクしてるべ」


「してる」


おうふ、さも当然のように言いよった。


でも今さらだが、春香は認識妨害の術を使えるのだった。警察に捕まる心配は初めから無かったわけだ。


「バットケースも取ってくれ。あと、今俺パジャマだから着替える」


「はい、バットケース。いますぐ」


 いつの間にかバットケースも用意されていた。なんて気の利く妹なんだ。気の利くついでに、着替えたいから一旦出てってくれないかな。


「俺、今全身スウェットなんだけど」


 この格好で外に出たら不良に不良だと思われちゃうよ。俺、たまたま今は停学処分中ってだけでめちゃくちゃ品行方正なのに、そんな勘違いされるのはごめんだよ?


「大丈夫。兄上は駄目人間だから、服装が駄目でも問題ない」


「ああそうだな、問題があるのは俺の存在だったな」


 なにせクズですからね! 妹に諭されるとか、ほんと兄冥利に尽きるなぁ。


 そういうわけで俺は、スウェット姿のまま中学生の妹と共に夜の街へ繰り出した。

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