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ある魔心導師と愚者の話  作者: 藤一左
《遭難者の行方》編
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第五話『神田川弘毅』

 一応言っておきますとね、俺だってね、あそこまで話題になってれば神田川弘毅っていう人間が気になるわけですよ。基本的に好奇心の無い人間だって「私、気になります!」と言うことや思うことは出来る。


 俺が知っている限りでは、神田川弘毅は昨日まで、でかい思念体に憑かれていたはずだ。そりゃもう少なくとも通りすがりに魔心導を使って排除出来るというレベルではなく、五月初めの愛野事件の時のように学校内で問題起こしてそれこそ停学を喰らう羽目になるような事をしなければならない相手だったはずだ。だが、それが今朝は消えていた。


 別に、一度思念体に憑かれたからと言って常に永遠に憑かれ続けるわけではない。思念体の発生源が無くなり、そのうち自然消滅する場合もあるし、例えば学校内で学校内に限定した思念を喰らっていた場合は学校内でのみ思念体が現れるという場合も、ままある。神田川に憑いていた思念体が後者だった可能性も考慮すると、本当に消えたと断言するのは尚早だろう。


 勘違いして欲しくないのだが俺は別に、愛野に危害が及ぶ危険性を見極めるために調べていたわけではない。俺はお勤めを果たすのはめんどうだから手を抜くが、手を抜くためには尽力するつもりだ。より手を抜ける方法を模索する気概くらいは持ち合わせている。


 その手を抜くための下調べとして、神田川弘毅を調べたというだけである。故に神田川弘毅とかどうでもいい。忘れよう。神田川君にはしばし忘却の果てへお帰り頂いて、目下最重要と言える不安要素を挙げよう。


「朝のホームルームを始める前に、転校生を紹介するぞー」


 とかって言い出した担任教師たる肉ダルマを如何にして黙らせるかを考えよう。


 いやね、まぁクラス内ではおしとやかで奥ゆかしく、清楚可憐なる孤高の花というポジションを獲得してしまっている俺が今ここでで狂人のように暴れだすわけにもいくまい。でもさ、このタイミングで転校生とかもうあいつしか居ねぇじゃん。なんで同じクラスなのご都合主義なの? ……普通に考えて、なんらかの手回しがあったんだろうなぁ。


 ともかく決まった事は決まった事。決定事項である以上は抗えまい。


「光峰。入って来い」


「はい」


 教室の扉が静かに開けられ、そして入ってくる凛とした人物。


 堂々たる立ち振る舞いは恥も緊張も期待も金繰り捨てており、むしろ無感情とも言えるかもしれない。一房に結った長いポニーテールも鋭い目つきも、それが他人を脅しつける凶器であるかのように、クラス内が静まり返る。そういう、どこか異常な沈黙。


 教卓の前に立った光峰は背筋をしっかりと伸ばしたまま、真っ直ぐに言った。


「光峰青依。皆の時間を割くのも心苦しいため多くは語らぬが、今日よりこのクラスに配属された者だ。迷惑をかける事があるやもしれぬが、これからよろしく頼む」


 そりゃまぁ騒然ともしますわな。誰だよ、こんな古臭い口調で喋るよう教え込んだの。え、なに、おまえ、デフォルトでそれなの?


 何拍が置いた後、心ばかりの拍手という出迎えを受けながら、光峰は朝のうちに用意されていた自分の席、廊下側の一番後ろへと向かう。ちなみに俺は真ん中よりやや窓側寄りの、後ろから二番目の席だ。結構な距離があるため、それが唯一の救いと言えよう。


 どうでもいいが、愛野の席は窓側の一番前。簡単に言えば今日転校してきたばかりの光峰を除けば出席番号順のままだ、ということだ。


 なんだか席に着いた光峰が俺のほうを見ている気もしないでもないが、それから気を離すためにグラウンドのほうを見る。窓側でも無い以上はグラウンドを見ても半分以上が校舎の影になっているが、視線と意識を外すためならば関係の無いことだ。


 だが。


「…………」


 グラウンドの片隅に、一人の男子生徒が立っているのが見えた。


 なにやってんだ、あいつ。


 朝のホームルームが始まっているというのに、彼は巍然(ぎぜん)と立ち尽くしている。呆然としているようにも見える。男であることは解るが、それ以外は何も解らない程度の距離はある。それでも俺はそいつを見据えた。


 うらやましい。


 そう思った。


 だって、俺もさぼりたいもん! 俺だってあれくらい堂々とさぼりたい! ホームルームとか授業やってる様を、外から見てドヤ顔したい!


「今週末の五時間目と六時間目にあるロングホームルームで、来週の遠足についての説明と班分けをする。班分け、といってもただの山登りで、殆どクラス毎の行動になるが、適当に仲の良いやつと組めよ」


 そんな億劫この上ない事を言ってやがる肉ダルマの事務報告を聞き流しつつ、俺はグラウンドのそいつから目を離さない。離せないと言ったほうが正解かもしれない。


 俺は視力こそ悪く無いはずだが、さすがにこの距離のせいか、それとも位置の関係か、はたまた曇り空の影響で実は若干霧が出ているからか、どんなに睨もうとそいつの姿はぼやけており、そいつがちゃんとドヤ顔してるかまでは見る事が出来なかった。







 放課後。光峰は転校手続きが途中だから用事が残っている、とのことで、後で帰宅する事になり、さらに都合の良いことに愛野がそれを待つと言い出した。愛野には神田川によるストーカー疑惑が浮上しているため誰かと一緒に帰る必要があるが、光峰と帰るというのならそれはそれで問題は無いだろう。


 よって俺は一人で帰宅する事に。光峰と二人でお勤めするくらいなら一人でやったほうが気楽だ。だから帰宅してすぐにお勤めに出て、光峰が来る前に帰ってアニメを見よう。


 今日は何のアニメを録画してあっただろうか。


 そんなことを考えつつ下駄箱で靴を履いて、昇降口から出たところで、校門へ向かうまでの途中に立ち尽くす人影を見つけた。


 下校する生徒達は彼に一切目も触れず、そこには何もなく誰も居ないかのように通り過ぎていく。だが確かにそこで立ち尽くし、昇降口を見つめているやつが居る。


 なにやってんだ、あいつは。なんかの儀式でも執り行ってるのか? それとも愛野でも待ってるのか? だとしたら本物のストーカーだぞ。


 一年の頃、いや、正確には今学期に入ってしばしの間までは学校で指折りに入ると言われていたイケメン様には相応しくない所業だ。どうしてそこまであいつに固執するんだか。


 とはいえ、俺は別に、神田川と直接的な接点があるわけでもない。「ストーカーなんて辞めろ」と言ったところで「お前には関係無い」だの「お前に俺の何が解る」だの言われておしまいだ。そう言ってきたやつに対処出来るのは意欲的にそいつと関わろうとする主人公気質なやつだけで、俺みたいなクズは「関係無いし解るつもりも無いからお好きにどうぞー」である。


 とにかく関わらないように、すなわち親が子に言う「見ちゃいけません」状態で、虚ろな眼光を放ちただただ前だけを見続けている神田川を通り過ぎた。


 多分、この時点で気付くべきだったのだろう。俺がなんらかの物語の主人公だったのなら気付いていたはずで、つまり気付かなかった時点でそれは、俺が主人公ではない事の証明と言えるかもしれない。


 俺が正義であるのなら、もう既に取り返しのつかない段階まで事態が悪化しているという事実を、見逃してはいけなかったはずだ。

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