第九話『魔心導師』
またまた区切りが見つかりませんでした……すみません、長くなります
大至急、俺は大光司家の居間に全員を集めた。食事の際に囲うテーブル。一年前までは父親が使っていた場所を、今は愛野に使わせている。
無表情のまま俺と目を合わせないようにしている春香と、目をキラキラさせつつも緊張していますアピールであろう手グシわしゃわしゃをしている愛野と、白々しいほど真剣な面持ちで、組んだ両手に顎を乗せて、目を閉じているくそばばぁ。そして俺。この四人で、小難しい沈黙を置いていた。
時計の秒針が一周したのを確認して、俺が口を開く。
「まず確認するが」
「ちょっと待ちなさい」
しかし話を始めようとしたところでくそばばぁに止められる。
くそばばぁは閉じていた目を薄く開き、重々しい口調で言った。
「こういう時は、『今日集まってもらったのは他でもない』から始めるべきだと私は思うわ」
「まず確認するが」
当然だが無視した。
「おいくそばばぁ、お前、どこまで話した」
そしてくそばばぁを睨むと、くそばばぁは小さく、ゆっくり、しかし何度も首を横に振りながら答えた。
「私に教えられる事は、もう何もないわ」
「免許皆伝、みてぇな口調でよくもまぁぬけぬけと」
そのドヤ顔辞めろよ。殴りたくなるから。
とりあえずくそばばぁでは埒があかない。俺は仕方なく愛野を見た。
「お前はどこまで聞いた」
射抜くように睨んだはずなのに、愛野は怖じける様子は一切なく、待ってましたと言わんばかりに身を乗り出してくる。
「宇宙ヒモ理論の辺りから聞いたわ!」
「まじでどこから聞いた」
思念体だの俺のお勤めだのの話にそんな単語は出てこないんだけど……。
「宇宙が生まれた瞬間から思念体は存在していて、その魂を宿すものなら全てが思念体を生み出す可能性を持ってるってとこから。えっと、だから人間みたいに感情っていう形で魂の存在が明確な生き物なら、誰しもが思念体の卵を抱くか背負うかしてる。その大きさが違ったり、周りに与える影響が有るか無いかが違ったりするって。なんだっけ、発散されず蓄積した感情が思念体になって、心、というか身体から溢れたのが思念体? だっけ?」
宇宙ヒモ理論の下りは必要でしたかね……。
うろ覚えだからか説明は下手糞だが、一回聞いただけの割りにはよく覚えているものである。俺とか、身体に叩き込まれるまで覚えなかったのに。覚えたくなかったし。
「で、魔心導師の公式な資料は平安時代から始まってて、その末裔として思念体と戦ってる人達の一部が大光司なのよね。陰陽師とかといっしょくたにされた時代もあったけど、魔心導の術は陰陽道とかと違って完全に血筋ありきで、魔心導の力と一緒に先祖代々内気な性格も遺伝しちゃったせいで、表立って活躍出来た時代が無いって感じだっけ?」
「おいくそばばぁどうすんだ、歴史まで覚えてるぞこいつ」
しかし二箇所程修正をするなら、平安時代は思念体という名前ではなく未浄魂という名前だったんだという点と、魔心導師が表立って活躍出来なかった理由が若干ぼかされているという点だ。
魔心導師及び魔心導術が世間に知られていないのにはいくつもの理由がある。
例えば思念体なんていう力が存在していると一般人が知れば、それを悪用したがる連中が現れるのは必然だろう。それでも思念体は人の操れるもんじゃない。操ろうとして暴走されたらたまったもんじゃない。故に国のバックアップも多少受けて、割と簡単に隠れる事が出来ている。
さらに凡庸性についてだ。
陰陽術は未来を、つまり占いで明日を視る事も可能だし、除霊術は過去を、つまり先祖と話す事も不可能ではない。陰陽師の安部晴明ですら妖怪退治ありきでなく、占いによって出世した。対して魔心導術にはそういうのが無い。解るのは、思念体の発生源となった醜い本心くらいだろう。世間一般にウケにくいというのは否めない。
あとは概ね愛野の言った通りだ。
「素晴らしい飲み込みの速さね。これなら、未来を託せるわ」
「お前はなんの未来を託すつもりだ」
そもそも無関係の人間に教えても、良い事があるとは思えない。
「もー怒ってばっかりね。良いじゃないの、守秘義務は課せられていないのだから」
と、くそばばぁはついに頬を膨らませやがった。
俺は憤然と抗議する。
「そこは暗黙の了解だろうが。国からの支援を受けてる以上、それを知られたら周りはどう思う? やれ『もっと働け』だの、ちょっと遊んだら『俺達の税金を無駄にすんな』だの、バッシングの嵐だぞ」
「そんな事になったのは今まで一度も無いわよ?」
「誰も喋ってねぇからだろ」
もしくは結婚とか、そういう事情が出来るまでは伏せているはずだ。
母さんも負けじと言い返してきた。
「でも、お父さんは色んな人に教えてたわよ? 私、お父さんとは高校で会ったのだけれど、お父さんってば私含めて、五人くらいには教えてたわ。親友や恋人みたいな、大切な人には教えるって決めてたみたい」
え? くそじじぃって友達居たの? まじで? じゃあ俺のぼっちって遺伝じゃないの? ショックなんですけど……。内気も遺伝させろよくそ野朗。
「そもそも」
ふと、愛野が割って入ってきた。いや、そういえば最初は愛野と話ていたのだから、愛野が入ってきたんじゃなくて愛野に戻ったのか。
「バッシングされるって考え方がおかしいんじゃない? だって、魔心導師って世間のために命を賭けて戦ってるから、国から支援されてるんでしょ? ちょっとくらい良い思いしたってバチは当たらないでしょ」
奇麗事をどうもね。俺は眉をひそめて一瞬だけ愛野を睨み、しかしすぐに疲れたからやめた。
「教師だの警察官がキャバクラで羽目外したら問題視されて、国会議員がバーで酒を引っ掛ければ文句言われるこのご時世、それがまかり通ると思うか?」
ニュースでそういうのを見た事があるのか、思い当たる点があったのか、愛野は「うぐっ」と喉を鳴らして黙った。
「いいかよく聞け」
俺は両手を広げて主張する。
「俺はアニメが見たい。ラノベが読みたい。声優たんはぁはぁしながらラジオが聞きたい。エロ本を買いたい。国からの支援を受けてるやつがそんな事すんのを、世間様が認めるか? 命を賭けた代償ですって言ったところで、こっちだって命賭けて働いて稼いだ金を税金にしてんだぞ、ふざけんな、そう言われておしまいだ。俺の自由が認められなくなる。俺は、俺は十八禁コンテンツも楽しみたいんだ!」
「最後のは命賭けてるとか無しにしても駄目だと思うわよ」
引き攣った顔での愛野によるツッコミとかどうでもいい。ほんとどうでもいい。
「兄上は妹に下着姿を強要する変態。そんな常識は持ってない」
春香は不意に口を開いたかと思うと、なかなかに素晴らしい爆弾を投下した。
「……へ?」と呆然とする愛野。
「……よし、ころすか」と小さく呟く母さん。
あ、やっべぇ、そういや話が脱線してるなぁ。戻さないとな。
「どにかく!」
広げていた両手でテーブルを叩く。
「なんで愛野に教えた! よしんば親父は大切な人には教えるようにしてたとしても俺は親父じゃないし、そもそも愛野は大切な人じゃねぇ!」
教える理由はどこにも無かったはずだ。教える権利も教える義務も、愛野からすれば聞く権利も聞く義務も一切無かったはずだ。なのになんでわざわざ教える必要があった。そう問い詰めるため、母さんを睨む。
母さんは露骨に目を逸らし、下手糞な口笛を吹いた。
「誤魔化すな」
そう責め立てると、口笛を止めた母さんはしかし、おいおいと下手糞な泣き真似を入れる。
「うれしかったのよ、彼方の友達って聞いて、嬉しかったの……。ああ、やっと彼方にもそんな人が出来たんだなって思うと、どうしても伝えておきたかったのよ……。見た目も可愛いしナイスバディーだから娘にしたいなって邪な気持ちが無かったと言ったら嘘になるけれど、それでも――息子の将来を思ってその子を巻き込んじゃおうと思っただけなの! 息子とその子の将来を誘導するために母親である私が裏で色々と企むのは、そんなに悪い事!?」
「え、悪い事だけど……」
思ってたよりも下衆い理由で流石の俺も戦慄した。流石は俺の母親である。
「おい愛野。こういう事らしいぞ。解ったらお前も」気をつけろ。
そう言おうとして愛野をほうを向いてみると、愛野は頬を赤らめ、まんざらでもなさそうににやけていた。
「……ヒーローの運命の相手、うそ、ほんとに? テレビの中にしかそういうの無いって諦めかけてたのに……でも相手は大光司よ? いやでも、なんだかんだで助けてくれて根は良い人っぽいし。ああテレビの中に居るみたい案外悪くないかもっていうか夢みたいちょっとというかかなり素敵なロケーション」
「お前、神田川が白馬に乗って告白してきてたら喜んで受け入れたんだろうな」
思考がだだ漏れだ、思考が。空気に酔い過ぎて状況をちゃんと理解出来ていない。
「ねぇ、試しにあんた、ちょっとデレてみてよ」
「はぁ?」
愛野の無茶振りに、なんでんな事しなきゃならねぇ、と言いかけたが押し留まり、冷静に考える。
状況が状況だ。ここは俺の失態を見せ付けて、引かせて、それで俺から距離を取らせる作戦に移行しよう。
つーわけで、デレるか。
「……か、勘違いしないでよね、こ、今回だけなんだからね……」
「「おえぇぇぇえええええっ」」
「ぶっとばすとてめぇら」
愛野のみならず母さんまで俯いて吐き気を訴えていた。やれと言われたからやったというのにこの扱い。酷すぎる。
俺は決めた。金輪際やれと言われた事はやらない。学校でもそうだ。宿題やれと言われても断固としてやらない。つまり今となんら変わらん。とにかく気持ち悪いものを見たみたいなその反応やめろよ。
まぁ、だからといって春香みたいに食い入るような目で見られても困るんですけど……。いや、目が合った途端に逸らされるのも結構ショックなんですよ? 春香さん。
「び、びっくりした……。どうして女の子口調なのよ」
慄
おのの
くように口元を拭いながら愛野が言う。
「あ? デレっつったらさっきのだろ」
定番中の定番である。
「聞いた事ないけど」
「は? どこにでも居る普通のツンデレじゃねぇか」
「つんで……え、なんですって?」
「え?」
ツンデレって言葉って、一般用語じゃないの? そんな馬鹿な。デレを知っててツンデレを知らんなんてことが有り得るなんて……。
まぁいい。常識だなんだ見解の相違があるのは仕方の無い事だ。放っておこう。
しかし手詰まり間近だ。母さんはテンションが迷子になって暴走してるし、愛野は状況を冷静に見れていない。俺とお近づきになるという事がどういうことなのかを理解していない。とにかくなんにせよなんとしてでも突き放す必要がある。俺が一人で居るために、そう、俺が一人で居るためにっ。
「……今日あったことは忘れろ……」
「無理だけど」
即答する愛野。そりゃそうだろうなぁ、こいつ、完全に空気に酔ってるし。泥酔して目を回して現実を見れていない。そんな状態のやつに何を言っても、意味は無いだろう。
「もういい……好きにしろ……」
テーブルに手を着いて、そのまま俯く。頭を上げてられない。めんどくせぇ。なんの罰ゲームだこれ。
「うん、そうする」
楽しげに頷く愛野。まじで状況を理解してないな、こいつ。
せめてもの抵抗として、母さんと愛野を交互に睨んだ。二人とも、楽しい事を見つけた子供のように笑っている。あまりの無垢さに、俺が間違えてるんじゃないかとさえ思えてきた。まぁ、俺はいつだって間違え続けてるんですがね。
ただ一人、春香だけが無表情だった。不機嫌そうな、怒っているような、冷たい視線を愛野に向けている。
多分、俺に向けたい敵意を誤魔化してるんだろうな、と、その時の俺は思った。
その後はなんとも理不尽な事に、俺が愛野を家まで送っていく事になった。もう夜も遅いから、危ないでしょ、とは母さんの弁。曰く、従わなければ明日の朝食はサプリメントになるとの事だ。母さんのせいで愛野の帰宅時間が遅くなったというのにその尻拭いを俺がする事になるなんて、理不尽過ぎる……。