第七話『大光司春香のお勤め』
思念共鳴を使った状態で駅の近くまで来てみた。多くはないが少なくない人が居る。当然のように大小様々な思念体も溢れている。
そして春香はといえば……俺の腕にしがみついて携帯の着信びりに小刻みに震えている。前もこうだったなぁ、大事なところは成長しねぇなこいつ。度胸とか胸とか。
「そんなんで、視えるようになった時大丈夫なのか」
春香は思念体が苦手なのである。まぁ当然、絶対に視えるようになるわけではないのだが。
俺は物心ついた時から思念体が視えていた。父親の話では成長するにつれ視えるようになることもあると言っていたため、春香はそれに希望を寄せて、修行だなんだをしているのだ。
だが、魔心導師の力は遺伝が全てだ。修行で強くなれるとはいえ、それは一を二にする段階の話であって、零を一にする事は出来ない。そして俺もそうだが春香には、父親だけでなく母さんの血も通っている。母さんの血が強く出てしまえば、もうそれだけで魔心導師にはなれないのだ。ようは、この努力は水泡に帰す可能性高し、というわけである。
「だいじょうぶ、もんだいない。小指の先くらいの大きさのなら、こわくない」
「はは、小指の先くらいの大きさの思念体ってのがそもそも見あたらねぇわ」
だいたい小さくてもブレスレットサイズとかが殆どだし。小指の先っつーと出来立ての思念体か、もしくは残り滓くらいしか無い。なんにせよ命鐘ひとつで一層出来るレベルなのは間違いないだろう。
大通りは流石に補導率が高くなるため、あまり目立つ道は通らないように進む。そして、ちょっといかがわしい店が並ぶ裏通りを横目に通り過ぎた。こういう場所は思念体の巣窟なんだわ。ラクしたい時とかはここに来て早々に処理するんだが、今は春香も居る。もう少し難易度を落とすため、いかがわしくないほうの飲み屋が立ち並ぶ通りへ来た。
何人かの酔っ払い達と、全身ジャージで金髪のあんちゃんらがたむろしてるのが見えた。思念体も、小さめのがぞろぞろと居る。
「あにうえ……」
思念体を見て怯える春香。おいおいお前、思念体がそんなに怖いのか? 俺はどっちかっつーとあの金髪のあんちゃんらのが怖いけど。全身ジャージとか全身スウェットとか、いかにも不良っぽい感じがして怖いからやめてくれませんかねぇ、ほんと。駄目だよ、外に出る時はちゃんとした格好しないと。
俺は腕に、正確には俺が着ているスウェットの裾にしがみついている春香をそのままに、前へと歩き出した。酔っ払いとすれ違い様に、そいつの足元に居た小さな思念体を踏み潰す。
「ああっ」
後ろ隣の春香が小さな悲鳴を上げた。怖いの、可哀想なの、どっちなの。
「あ、あにうえぇ……」
おっと、ポケットに入ってるスマホがバイブしてるぜ、母さんから電話かな、と思ったら、違った。春香の振動がさらに小刻みになっただけだった。
「うぅ……」
もはや半泣きである。
「ったく、お前の修行だろうが」
しがみついたままの腕から春香を離す。しかし手は繋いだまま、少しだけ距離を開けた。これくらいしないと修行になりません。
ふと、ヤンキー様達がにやにやしながらこっちを見ている事に気付いた。だから俺も見つめてやったら、ヤンキーズは見る見る眉をひそめていき、そして訝しむような顔付きになり、通り過ぎようとしたところでは完全に睨まれていた。
「なに見てんだおい」
え、見てたのそっちだけど……。
ヤンキー様の数は三人。がしかし、殆ど四人も同然。赤黒い人形の思念体が紛れ込んでいるからだ。なにそれ、なに召喚してんのあんたら。思念体使役してんの? それも仲間なの?
何時の間にか、俺は三人プラス一体に囲まれていた。春香が腕に絡みついてくる。
「女の子連れてっからって調子乗っちゃったんじゃね?」
「うざいわー、うざいわー」
「俺ら見せもんじゃねぇぞおい」
調子乗っちゃってんのもうざいのもそっちだし、人を見せもんにしたすらそっちだろうが。てか、いつの時代の人間だお前ら。
俺はため息を吐き、肩に掛けていたバットケースを春香に預けた。右腕には春香。左手だけが使える状態。
「なーにやる気ー? 彼女ちゃんの前でかっこつけよって?」
ひゃは、と甲高く笑いながら手を伸ばしてきたヤンキー様その一の手首を掴み、捻り、体勢を崩した所で足を払う。その一は簡単にコンクリートの上に倒れた。
「うっわ、めっちゃやる気じゃんこいつ」
ゆったりした口調で、しかし怒りを滲ませた声音で言いながら、その二が殴りかかってくる。足を蹴り上げて顎を打つ。
「てめぇ!」
ヤンキーその三が拳を握り、距離を詰めてきた。そして突き出された拳を掴み、引っ張り、距離を詰めさせ、言葉通り目前に迫ったそいつの顔面に頭突きを見舞いする。そして掴んでいた拳を離し、開いた手で追加の裏拳。
後ろに倒れたそいつをやり過ごし、立ち上がろうとしていた最初に倒したヤンキーその一を踏みつけて動きを封じる。
さらに、人の形をした思念体の頭を鷲掴みにして、無理矢理屈ませて顔面に膝打ちを三発ほど入れる。そのまま弱った思念体を宙ぶらりんにすべく持ち上げた。
「春香」
この思念体に留めを刺してみろ、と、視線で語る。俺は昔から修行を積んできて素手でもある程度は戦えるが、素手だけで倒すのは割と難しい。だが春香は今、俺愛用の木刀を持っている。術を練りこんで作った、対思念体用の武器を。
春香は唇を震わせながらも小さく頷き、俺から離れてバットケースから木刀を取り出す。
そして――俺が踏みつけているヤンキーその一に留めを刺した。
「そっちじゃねぇよ」
人間相手になにしてんのお前。踏みつけられてる人間を木刀で叩くとか、クズにも程があるだろう。やっぱり俺の妹なのかな、こいつ。
「で、でもあにうえ……っ」
春香はちらりと思念体を見て、しかしすぐに目を逸らした。
「やっぱ無理か」
嘆息し、春香が握っている木刀を取り上げる。それで、既に虫の息だった思念体に留めを刺した。
「こんなもんでいいだろ」
もう帰ろう、と提案しようとした時。
「ちょっと君達! なにしてるの!」
後ろから声がした。振り向くとそこには青い服を着た正義の味方様が。
春香が俺の腕にしがいついてくる、パート二。捕まると思ったのだろうが、まぁもうこの際だから仕方ない。
「絶」
時間が止まる。だが、俺と思念共鳴で繋がっていた春香は動ける。
「行くぞ」
「ん……」
春香を腕から離し、しかし手を握り直して、走ってその場から離脱した。適度な距離が開いたところで時間切れになり、時が動き出す。
そのまま少し走っていったが、後方から野太い男の悲鳴がいくつか聞こえてきた。突然消えた俺達を幽霊か何かだとでも思ったのだろう。警察官からすればトラウマ体験かもしれないが、まぁ別にいいよね、他人だし。