昼下がり、二人。
王国歴525年、『青い月と、青と月』の数日後の物語。
あの日から、また何度か夜営を経て、少し絆が深まった頃に街が見えてきた。
…のだが。
「…えーっと、アリス」
「…?」
エルフの少女は小首を傾げる。
「気づいてやれなくて悪かったんだけど、その格好で街中は少し目立つと思う」
もっと言えば、俺が奴隷持ちのゲスか何かと思われる。
荷物からフード付きのパーカーのような上着を引っ張りだし、アリスに放る。
「…男物でぶかぶかかもしれないけど、街についたら買うから我慢してくれ」
「…うん、ありがとう」
案の定大きすぎる。袖の余り様がまるで東の里の着物のようである。
――服装を整えた所で街へ入るが、衛兵などは存在しない。
この街は名に『自由』の意味を持つ程にフリーダムで、冒険者の拠点として知られている場所だからだ。
…同時に治安が悪いところがある事を意味しているが、その辺はアリスを放り出さなければ、まず問題ないだろう。
「取り敢えず、俺は酒場で冒険者登録するからついでに宿もとろう。宿代は俺が持つから部屋は好きに使っていい。後は…」
続けようとする言葉を遮って、
「…どうして、そこまでしてくれるの?」
少しつらそうに、少女は言う。
「…ちょっと前に、会ったばかりなのに」
考えずに答える。
「俺の為だよ。助けられる人を見捨てるだなんて飯が不味くなるだろ?」
本当にそれだけだ。それが綺麗な子なら余計にやる気が出るというものだ。
しかしアリスは不思議そうな顔で、
「…嫌な気分にならない為に人助けするのって、宿代より価値があるの?」
意外にリアリストだなあと思い、苦笑しつつもはっきりと告げる。
「ある。だって人の感情は金で買えないし、全く同じ味の飯だって食えるとも限らないんだからな」
ひとまず、納得したようなので酒場を探すために、足を動かす。
――それにしても。
周りの視線が、非常に冷たい。
奴隷持ちのクズだとは思われてないにしろ、いたいけな少女に大きめの服を着せることによる羞恥プレイを強いっているという程度には、思われてるのかもしれない。
これじゃあむしろ俺が羞恥プレイだ、と思わないでもないがアリスに非はないので胸の奥に留めておく。
そんな事を考えていると酒場が見えた。
『そよ風亭』という名前らしい。
ドアを開け踏み込むとアフロな髪型の店長が出迎える。
「おう、見ない顔だな。新人かい?」
「いや、むしろこれから新人になるところだ」
髪型には敢えてツッコまず、さっさと登録を済ませたいのだが、アリスが酔った男達に手を伸ばされておどおどしているので、適当に手をはたき落としつつカウンターまで進む。
「冒険者登録がしたいんだけど…」
店長は羊皮紙と羽ペンとインクを俺に押し付けて、名前などのプロフィールを書くよう俺に勧めながら質問する。
「そっちのエルフのお嬢さんもか?」
フォォォと店長は不気味なオーラ(しっと)を出しているが、これまた敢えてツッコまない。
「(すらすらと書き終え、突き付けて)俺だけだよ。今のところは」
店長は頑なにツッコまない俺にぶつぶつと文句を言いながら、羊皮紙を綴った。
「で、一人客用の部屋を取り敢えずニ部屋…でいいんだよな?」
と酒場で飼っていると思われる黒猫と戯れているアリスに聞く。
「よくない」
「よしじゃあニ部屋を一ヶ月…よくない!?」
「お前さんそっちのお嬢さんにはツッコむのに俺にはツッコまないのか」
何で初対面のおじさんにツッコミ入れなきゃいけないんだ、という言葉を飲み込んで、アリスに問おうとすると、
「二人客用を一部屋一ヶ月」
と余りまくりの袖で、宿泊代の書かれた木の板を掴んで店長に見せた。
…周囲の冷たい視線が俺に集まるが、断じて俺は悪くない。
裁判になっても無実は証明出来ないがそれでも俺は悪くない。
値段が安くなったから良いやとか、治安悪いしとか、正常な思考を止めた頭を無理矢理納得させ、口にする。
「…じゃあそれで」
――突き刺さるような視線から抜けだして、階段を上り、部屋の隅に荷物をまとめてベッドへ身を投げる。ダブルベッドではない事が救いだった。
もう一つのベッドに腰掛けて俺を見るエルフの少女は、足をゆらゆらと動かしながら、
「私、これからどうしよう…」
と、途方に暮れた子どものような顔で言った。
「…?どうしようって、まあずっとこの部屋にいてもいいし、好きな仕事を適当に見つけて自立出来るようになったら出て行ってもいいぞ。俺は冒険者の仕事で空ける事も多くなるし」
「…夢とか、やりたいこととか、考えた事もなかったから…」
…200年も小さな部屋で過ごしていれば、そうなるのだろう。
「…じゃあ、色んな所を見て回ってみるか。ここ海沿いの街だから船も見れるし、灯台もあるし、少し郊外に出れば森もあるし」
そう言うと、アリスは目を輝かせて嬉しそうに頷いた。
…同時に、くぅ という音が聞こえた。
露骨なまでに知らぬ存ぜぬを貫こうとするアリスだが、この部屋にいるのはアリスと俺だけなので犯人はすぐに解る。
「…腹へったな。下で食べようか」
また嬉しそうに、照れたように頷くアリスとは対照的に、先程の冷たい視線を思い出してげんなりする。
これからしばらく、退屈しない日々になりそうだ。
一つの物語にする為に必要な、日常の一コマを書いてみました。