6 拝啓、過去の君へ
僕と伽藍だけが取り残される。
静けさが支配する夜の公園で二人きり。
ロマンチックの欠片はどこにもなかったが、僕は彼女の隣に座って、コートのポケットにしまっていた文庫本を取り出しページを開いた。
伽藍が目覚めるまで、本でも読んで暇を潰そう。
暖かな体温を感じながら僕は物語の世界に没頭した。
二時間ぐらいたって、小説も佳境を迎えた頃、
「ん、んん」
少女が唸りながら瞳を開いた。
「おはよう」
「やまだ?」
白い街灯に照らされ、伽藍はうつろな瞳で僕を写す。
「やまだ」
顔をあげ、正面から僕を見つめる。
「なぜ、伽藍は生きてる」
「生きてるから生きてるんだろ」
「どういうことだ。死んだのではないのか」
「一度死んで生き返ったんだ。悪魔は消えたよ」
「騙したな!」
「まさか。君に嘘ついたことなんて一度もないよ」
嘘だけど。
「山田、伽藍をばかにしてるのか。いくらなんでも酷すぎるぞ!」
「酷くないよ。一番理想的な結末さ。悪魔と一緒に君は死んだ。そのあと生き返った、それでいいじゃないか」
「よくない!」
怒鳴り声が冬の公園に響いた。
怒りで顔を歪ませながら伽藍は勢いに任せて立ち上がった。
僕もつられて立ち上がる。
「それじゃあ、ダメなんだ」
「何がダメなのさ」
「ダメなんだよ、死ななきゃ。伽藍は悪魔だから」
「バカじゃないの。悪魔なんてこの世にいない」
睨み付ける。
「悪魔なんて便利な言葉でごまかすなよ。僕はよく知らないけど、できる限りのことはしたつもりだし、これからも力になりたいと考えている」
「関係ない!」
伽藍は苛立たげに立ち上がった。
「伽藍は悪魔だ。犬を殺した。頭が割れそうになって、耐えられなかったんだ」
「……どういうこと?」
「指を無くした日から、頭が割れそうに痛いんだ。ガンガンガンガン頭痛がして。近くの生物を殺すと楽になった。最初はアリ、次にカブトムシ、カエル、カメ、そして、この間の犬。伽藍はもうダメだ。このままじゃ、誰かを殺してしまう」
「落ち着けよ。君は悪魔なんかじゃない」
「ママは伽藍を悪魔と言った。悪魔だから、命を奪うんだ。ママの指が、動かなくなったのに、自分の演奏に夢中になって、伽藍の指は切られてしかるべきだったんだ! ごめんなさい、ママ、ごめんなさい」
「落ち着け」
パシンと軽く頬を叩く。
伽藍の目が見開いた。深い黒色をしていた。
「君は生まれ変わったんだ」
「生まれ変わり……」
「だって、毒を飲んで生き残ったんだから。生まれ変わったに決まってるじゃないか」
「そんな、そんな簡単に人間の本質は変わらない! 伽藍は誰かをきっと殺すだろう、誰かを殺す前に、伽藍を殺さなきゃ。伽藍は……わたしはずっとわたしを、殺したかった!」
虐待を受けて育ったものは、大きくなったとき自分より弱者である動物に同じ行為を行うという。自分が受けたストレスを溜め込むことができず他者に発散した結果だ。
「君の中の悪魔は去ったんだから、生きなきゃダメなんだ」
「綺麗事はいい。誰かに迷惑かける前にトドメをさしてくれ!」
「君のことをよく知らないけど、僕は君がお母さんの呪縛にとらわれていることは知っている」
震える少女の肩に手をやる。
「気にするな。前を向け。気持ちを楽にしろ。深く考えるな」
まなじりに涙の粒が浮かんだ。
「誰かを殺したくなったら、深く息をはいて僕を呼んでくれ。どうにかするから」
「山田……」
「僕ね、死んだふりは得意なんだ」
力無く伽藍は項垂れた。
こんなときにアメリカの映画なら強く抱き締めてあげるのだろうが、度胸もない高校生は彼女にベンチに座るように言うのが精一杯だった。
「いつも一人だった」
しばらく、うつむいたままでじっとしていた少女はボソリと呟くみたいに言った。吐き出した息が白く染まって黒い夜空に消えていく。
「カーテンは閉まりっぱなしで、ピアノは埃を被っていた。ママは帰らなかった。お金だけが置いてあるんだ。生理が来る度にイライラが募って、殺意が抑えられないんだ。何かを殺せばおさまったけど、衝動はドンドン大きくなるんだ。伽藍はいつか誰かを、……ママを殺してしまうだろう」
「根拠はないかもしれないけど、僕は君を助けるよ」
「山田……」
「ストレスなんだ。全部が全部」
動物虐待や殺人衝動は溜め込んだストレスを発散するために行われることが多い。伽藍なんてその典型だ。
「ストレスがあるから殺意が生まれる。ストレスは溜め込まないで大きくなる前に発散しなくちゃ」
「どうすればいい?」
「簡単だよ、笑えばいいんだ」
「笑う」
「そう。ストレス発散には大声だして笑うのが一番」
口から出任せだし、考えながら喋っているのだけど、これは案外真理かもかされない。
「笑いかたなんて忘れてしまった」
戸惑いの表情を伽藍は浮かべて少しだけ眉間にシワを寄せた。
「いつでも笑わせるさ」
「山田の冗談はつまらなそうだから、難しいと思うぞ」
こう見えても小学生のときは班で一番面白い奴だったのだ。
プライドと面子にかけて、僕は彼女を笑わせよう。
「どうでもいいけど、僕の名前は山田じゃないんだ」
「え、え?」
キョトンと伽藍は目を丸くしたあと、
「なんだよそれ」
吹き出すように破顔した。
なぜだか僕も楽しくなってきた。
こんなに寒い冬の夜なのに、
体の芯から凍える気温なのに、
気のせいかスゴく温かい。
「僕の本当の名前はね」
終わります。
終わりました。
クリスマスから年末にかけて、なんて小説投稿してるんですかね。自分でもよくわかりません。
べつにホラーじゃないけど一番しっくり来るジャンルがホラーだったので、カテゴリーはそれにしました。中途半端なジャンルを選ぶとなかなか難しいです。
ご意見ご感想お待ちしています。
ご一読ありがとうございました。




