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4 アイスクリーム


 ホームセンターのなかには幾つかお店が併設されている。

 友達の住吉と一緒によく行くポテトが無駄に大盛りのイートイン。たこ焼き屋。ギャベツ焼き。タピオカジュースにお洒落なカフェ。

 そのなかで僕はデートに最適なカフェテリアを選び、伽藍とともに入店しようとした。

「まて、山田」

「ん?」

 看板で何を飲もうか悩んでいた僕の袖を軽く引いて伽藍はピンクの看板を指差した。

「あれは、なんだ」

「アイスクリーム屋じゃん。珍しくもない」

「食べたい」

「べつにいいけど、いま冬だよ」

 濁った黒い瞳は珍しくキラキラと光が宿っている。好奇心にあふれる若い瞳だった。

「食べたことないんだ」

「え、アイスを?」

「うん」

「はぁ、嘘だろ。何歳だよ」

「十四歳だが、関係あるのか?」

「十四年間一度もアイスを食べたことないのか?」

「悪いか、バカ」

「いや、悪くないけど……じゃあ、食べようか。奢るよ」

 進路を変えてアイスクリーム屋に入る。


 ガラスのショーケースに色とりどりのアイスクリームが並んでいる。

 コーンにしようか悩んだけど結局カップにした。伽藍と向かい合わせに席につき、ほっと一息つく。普通のデートみたいだった。

「ストロベリー……」

 自らが注文したピンクのアイスをそっとスプーンで掬い、恐る恐るといった風に口に運ぶ。

「むううう、ツメタ……むっ、甘い!」

 なかなかの百面相だ。

「美味しい?」

「うん」

 こくりと小さく頷いて、伽藍は鼻息荒く、器用にも指のない手でアイスを食べいている。

「今時珍しいね。アイス食べたことないなんて」

「親が虫歯になるから食べるなって」

「いい親じゃないか」

「いい親?」

 前屈みになっていた伽藍は上目遣いに僕を睨み付けた。

「徹底的な管理主義だ。ビアノにしてもそう。正格に運指出来なければ生きている価値なんてない」

「エクソシストの前はピアニストだったんだろ? ピアニストをやめたのはその指のせい?」

「うるさいな」

 甘味でとろんでいた伽藍の表情が引き締まる。

「放っておいてくれ」

「そうはいかない。より良い悪魔殺しのために君の話を聞かせてくれないと」

「ふん」

 プラスチックの小さなスプーンをタバコみたいにくわえたままそっぽを向かれる。

 気難しいやつだ。

「物語には背景が必要なんだ」

「む?」

「いきなり始まる話なんてない。生まれる前には過程があって、過程後ろには背景がある。いきなり殺してくれって言われたってそんなのは不可能だ。リンカーンを暗殺した男だって、ジョンレノンを殺した人だって、対象の事を知っていたから殺したんだろ?」

「……」

「相手を知らないのに殺すだなんてそれこそ通り魔、悪魔じゃないか。悪魔を殺すのに自分が悪魔になってちゃ、世話ないよ」

「……そうだな。うん、わかった。山田、お前の言うことももっともだ」

 伽藍はアイスを一口運んでから続けた。

「別に面白くもない普通の話だぞ」

「それを聞きたいのさ」

「ふぅ。面倒だが、仕方ないな。名前は朽木伽藍。十四歳。晴輪女子中学校に通う二年生だ。趣味はない。母親はビアニストとして知られる朽木涅槃。父親は知らん。極東でテロに巻き込まれて死んだらしい」

「……」

 いきなり壮絶だ。

「どうした?」

「いや、言いづらかったら言わなくていいからね」

「バッググラウンドを隠したら意味ないだろ」

 あっけらかんと伽藍は笑った。

「シングルマザーとして娘を育てた母親は、伽藍(わたし)も自らのようなピアニストにさせようと躍起になった。ジュニアコンクールや自らの前座によく使われた 」

 部長が伽藍を知っていたのは、彼女の母親を知っていたからか。

 改めてあの人の博学ぶりに驚かされる。

「母は徹底的に機械的に偏執的に娘を管理した。食べる量、運動量、勉強量、睡眠時間に至るまで徹底的にね。当時はそれしか知らなかったからなんの疑問も抱かずただ従うだけだった」

 僕のアイスに刺さったプラスチックのスプーンがカタンと縁にくっついた。

 強めの暖房が背中に嫌な汗をかかせる。

「二年前の母の日に道ばたに咲いていたハルジオンを集めてプレゼントしたんだ。普通の親子の会話を、ちょっとだけ、期待して。だけど、母はスゴく怒ったよ。貧乏草を摘んできて、無駄なことに時間を割いてって、そんな暇があるなら練習をしろって。ごもっともだよ。だけど、そんな会話したくなくてさ、ピアノが弾きたくなくて……次の日包丁で指を切り落としたんだ」

「……え、っと」

「それ以来、母は一層神経質になってちょっとのことでイライラをぶつけてくるようになったんだ。だけど、ピアノを強制することはなくなったよ。それから二年経って、いまじゃ、ただ、放置されている。お金だけ机の上に置いてあって、家はいつもがらんどうだ」

「……自分で指を、落としたのか」

「まだ小学生だからな。ちょっとした興味でやってみたんだ。血が溢れて止まらなくて死ぬんじゃないかと思ったな。いま思えばあれがきっかけだったんだ。伽藍はそれからエクソシストを目指して勉強するようになった。まだ半人前だけど、ある程度は祓えるようになったんだ」

「あの、さ」

 唖然として言葉がうまくでなかったが、僕はなんとか突っ込んだ。

「自習かよ 」



 伽藍とはホームセンターを出たところで別れた。

「それじゃあ、また夜な」

 木枯らしが吹き荒ぶ。

 なにも買わなくて良かったのか、と少女は訊いてきたが、道具なんて必要ないんだから、買うわけがない。

「ああ、またね」

 本日の夜八時、再開発地区の人気のない公園で待ち合わせることになった。

 全くやる気がでなかったが、願いを無下にすることもできない、

 でもとりあえず、なにをすべきかはわかった。

 小さくなっていく少女の背中に僕はそっと呟いた。

「殺すわけないだろ」

 赤に染まる町に悪魔みたいな影が長く伸びる。



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