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3 メイヤーの家


 放課後そんな相談をしてから帰宅しようと校門をくぐったら、

「遅いぞ。山田」

 ポケットに手を突っ込んで、不機嫌そうに唇を尖らせる少女に声をかけられた。

「約束の時間より2分も遅刻だ」

 さばさばとした口調は、幼く可愛らしい彼女の容姿には酷く不釣り合いだった。

「ごめん、ホームルームが思ったよりも長引いてね」

 早朝、登校する前に伽藍と会ったとき、半ば無理矢理約束を取り付けられたのだ。

 ため息はついてもつききれないけど、今朝と違い今の僕には余裕がある。

「君が伽藍さんかな?」

「む。なんだこの女は」

 僕の数メートル後ろを歩いていた部長が校門にもたれかかる伽藍に声をかけた。

「はじめまして。うちの部員がお世話になってるね。それにしても、うん、思ったより可愛い顔をしているんだね」

 部長は最強だ。

 何がすごいって彼女に頼んでうまくいかなかったことはない。

 調停者(トラブルシューター)

 厨二病めいたあだ名をつけるのが好きな友人がつけた二つ名だ。

 絶妙にダサいソレを彼女はいたく気に入り、 事あるごとに使用している。

「山田、なんだこの女、馴れ馴れしいぞ」

「留萌テル。僕が所属する部活の部長だ」

「部活? 山田はなんの部活をしているんだ?」

「その話はいまはいいじゃないか……」

 他校の人に僕は自分の所属する部活を紹介したことがない。理由はシンプルに恥ずかしいからだ。

「私はべつにどうでもいいんだけど、頼み込まれてさ。君の話を聞かせて欲しいんだ」

 部長はいつもの自信に溢れる目線を伽藍に送った。

「断る。伽藍はこれからホームセンターに行かないといけないのだ」

「ホームセンター? なんでだい?」

「道具を買うのだ。もういいだろ、ほっといてくれ」

「ふぅん」

 人を観察する猫のような目で部長は伽藍を見つめた。

「ところで君の名字って朽木?」

 伽藍の肩がひくついた。

「なんだ、キサマ」

「朽木伽藍。やっぱりそうか。しばらく見ないうちに美人になったね。私は君のファンなんだ。もうビアノは弾かないの?」

「不愉快だ。いくぞ、山田」

「あ。ちょっ」

 伽藍は無理矢理僕の手をとると、大股で歩き始めた。勢いにまけてひっばられてしまう。

 別れ際の部長はニタニタと不気味な笑みを浮かべ、僕に軽く手をあげていた。


「ビアノを弾くんだね」

 ようやく歩調が落ち着いてきた。部長と会話してからずっと不機嫌だった伽藍と並行して歩く。

 狭い歩道で横並びになるのは迷惑かもしれないが、ガードレールがない道なので、女の子に車道側を歩かせるわけにはいかない。

「楽器が出来るだなんてかっこいいね」

 伽藍は僕の雑談を唇を尖らせて無視した。

「部長の口ぶりだと相当うまいっぽいね」

「……」

「僕もなにかやりたいんだけど、良かったら今度教えてくれよ」

「無理だ」

「ちょっとは悩んでくれたっていいじゃん」

「ビアノをやってたのは昔の話だ」

 伽藍はポケットに突っ込んでいた右手を見えるようにかざした。

 青い手袋をしているので、わかりづらいがよくよく見ると右手中指の布がぺたんと垂れている。

「あれ」

「分かりやすくしてやる」

 彼女は眉間にシワを寄せながら脱ぎづらそうに手袋を外した。

 右手の中指、第一関節より上の部分の指がなかった。

「あ……」

「ふん」

 鼻をなして手袋をはめる。

「伽藍はもうビアニストじゃない、エクソシストだ」

「えーと」

 こんなときになんて答えればいいんだろう。

 言葉あぐねく僕の反応が面白いのか、少女は少しだけ吹き出すとポケットに再び右手をしまった。

「そんなことよりホームセンターだ。伽藍の悪魔をきちんと殺してくれ」

「その事だけど、僕には荷がかちすぎるよ」

「ふん。お前はお前がやりたいようにやればいいのだ」

「自殺幇助も立派な罪だよ」

「細かい男だな。それに自殺じゃないと言ってるだろ。悪魔殺しだ。方法はお前に任せる。きちんと伽藍を殺してくれ」

 頭がおかしい。

 自分が死ぬ話をしているのになんでこんなに楽しそうなのだろうか。


 ホームセンターについた。自動ドアが開くと同時に暖房がふわりと僕らの髪を巻き上げる。

 平日の夕方なのに混んでいた。伽藍は人混みと棚の間をスイスイと鼻唄混じりに歩きはじめた。

「撲殺は痛いからやだ。刺殺は血がいっぱい出そうだからやだ。やはり痛みも少ないという絞殺が理想的か」

「あのさぁ……」

「む、そうだなすまない。意見は無視してくれ。お前のやり方で話を進めてくれてかまわない」

 頭を抱えても、彼女には伝わらない。

「だが、急げよ山田。昨日は新月だったから悪魔殺しに最適だったんだ。日付がたてば経つほど理想の時間と離れていくし、伽藍もそれほど長く心奥の悪魔は封じられない」

「ちょっと待ってくれ」

「む、なんだ」

「僕はやらないぞ」

「今さら何を!」

「そもそも人を殺すなんて無理だ」

「無理なことなんてこの世には一つもない。責任とれよ。伽藍はお前に殺されると決めたのだ。悪魔が解き放たれてみろ、一人じゃすまない死者がでるぞ」

「そもそも、悪魔ってなんなんだよ」

「様々なタイプがあるが伽藍についたのは通り悪魔だ」

 ぷっくりとした下唇に人差し指をあてて、伽藍は続けた。

「通りがかり的に悪意を発散させるタイプのやつで、突発的にむしゃくしゃするのはこいつのせいだ」

「君も突発的に人を殺したくなるのか?」

「さてな。憑かれて間もないからわからないが、殺したい相手ならいるよ」

「それって」

「……常々疑問には思っているんだ」

「疑問?」

「どうして人を殺してはいけないのか?」

 店内の明るい邦楽が彼女の声音で暗くなる。

「小学生が先生を困らせる質問ベストスリーかな」

 ちなみに一番は赤ちゃんはどこからくるの。

「茶化すな」

「それはほらあれだよ。倫理的にね。誰かが悲しむから」

「誰も悲しまない孤独な者なら殺してもいいのか?」

「そうは言わないけど……」

「それなら心置きなく伽藍を殺せるな」

「なんでさ」

「伽藍が死んでも悲しむ者は誰もいない」

 手に取った包丁を蛍光灯に透かしながら、伽藍は呟いた。

「孤独だ」

 彼女についての情報なんて一切ない。

「親とか……」

 知り合いの顔がいくつも浮かぶ。

 愛されて育った者。そうじゃない者。

 いろんな友達がいるけど、今はみんな幸せそうだ。

「そんな話はどうでもいい。いいから早く道具を選べ」

「……」

 たくさんの商品が並ぶホームセンターだが、彼女のトドメをさすのに相応しいものはひとつもなかった。

 おかしな話である。

 世界にゾンビウイルスが蔓延した時は籠城できるくらいたくさんの武器が揃っているのに、女の子一人殺す道具はないのだ。当たり前だが。

「僕のやりたいようにやらせてくれるんだろ?」

 日用雑貨コーナーに並ぶハンマーを手にしていた少女はキョトンと僕を見たあと、ニコリと微笑んだ。

「はじめから言っているだろ。山田の好きなように殺せばいい」

「それじゃあ。まずは君の話を聞かせてくれ」

「な、なんだよ、突然、あの女みたいなことを言うな」

 部長の事を言っているのだろうが、いまは僕と伽藍の二人しかいない。

「殺す側にも権利がある。被害者がどういう人なのか教えてくれないと、どうやって殺せばいいのかわからないだろ」

「そういう、ものなのか?」

「そういうものなのさ」

 子首をかしげる伽藍に、僕はできるだけ優しい笑みを与えてあげた。

「お茶しようか」



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