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第3話 魔力属性

 初めて魔力循環をした日から十日が経過した。

 俺はあの日から、午前の勉強が終わって昼食を食べた後、自分の部屋で魔力循環と魔法の鍛練を行っている。



 魔力循環の鍛練は、初日こそ恐る恐るといった感じで、少量の魔力を魔力経絡に流すことを意識して魔力循環を行っていた。

 しかし二日目からは、魔力経絡に痛みを感じるギリギリの魔力量を流して、魔力循環を行っているのだ。

 あの後、他の教本を何冊も読んで知ったのだが、魔力経絡というのは、魔力を流せば流すほど鍛えられてより多くの魔力を流せるようになるらしい。

 ほぼ全ての魔法使いは、魔力経絡の許容範囲を超えるなんてことは無いのだが、俺の場合はそうではない。

 膨大な魔力量を持っていようとも、良いことばかりではないようである。

 要は、どれほど強大な力でも、それを使えなければ意味が無いということなのだ。



 魔法の鍛練は、まだ自分の魔力と相性が良い属性は知らべていないため、無属性の魔力にて行なっている。

 教本には、魔法を具象化させるだけの魔力量を持っているのなら、魔力循環を初めて行ってから、三ヶ月くらいで簡単なイメージの無属性の魔法なら具象化できるようになると書いてあった。

 しかし俺は、魔力循環を初めて行ってから三日目に魔法の具象化に挑戦してみたら、あっさりとできてしまった。

 まあこれは魔力量に物を言わせたからではあるが……。

 因みに初めての魔法は、手の平からゴルフボール大の球体を出すという魔法だった。

 その日は、初めて魔法を使えたことが嬉しくて興奮し、調子に乗って同じ魔法を何度も何度も使った結果、体力の限界が来て意識を失いその場で倒れてしまった。

 一時間くらい意識を失っていたのだが、その時のことを誰にも見られなくて良かった。もし見られていたら大騒ぎになっていただろう。

 魔法には魔力以外に体力と精神力も使う。身体が未発達だと衰弱死する可能性がある聞いていたが、どうやら本当ようだ。

 俺も気をつけなければ……。



(でもまあ、日に日に成長してることは実感してるけどな)



 初めて魔力循環を試した時は、魔力器に蓄えられている魔力を感じて、練り上げるまで二十分くらい掛かった。

 しかしこの十日の鍛練によって、魔力を練り上げてから全身に循環させるまでに、数秒でできるようになったのだ。

 まだ意識しなければ、魔力循環をONの状態にはできないが、無意識に常時ONの状態を維持できるようになるのは時間の問題だと思う。



 魔法のほうも、最初はゴルフボール大の球体を手の平から出していたが、魔法のイメージを変えることで、大きさや形状が違う魔法をいくつか使えるようになった。

 今は、同時に複数の魔法を出したり、手の平からではなく周囲の空間に出したりすることに挑戦しているところだ。



(あとは属性だな……)



 それには属性水晶が必要となってくる。

 属性水晶のことは、使用人達にそれとなく探りを入れてみたのだが、やはり思ったとおりこの家の倉庫にあるようだ。

 しかし、倉庫の鍵は執事のゲーアハルトが管理しており、忍び込むのはほぼ不可能だろう。

 この十日間、何か良い方法はないかと考えた結果、ここは父親のベルノルトを説得して、属性水晶の使用許可を取ろうという結論に至った。

 そもそも、魔法をコソコソと隠れて鍛練していたのは、俺の年齢で魔法使いを目指すのはまだ早いと言われたからだ。

 それを言われたのは俺が二歳になったばかりの頃だったし、魔法使いを目指してはいけないと言われた訳でもない。

 説得には絶対の自信があるが、ただ普通に説得するのも面白くないので、驚かせてやろうと思う。

 そうと決まれば――即実行である。



                   ◆



 ――と言う訳で、俺は今ベルノルトの執務室の前に来ていた。

 領主であるベルノルトは、一日の大半はこの部屋で仕事をしているのだ。

 俺は扉をコンコンとノックしてから――。



「――父さん、ちょっと時間いいですか?」



 そう声を掛けた。

 因みに俺は、ベルノルトを“父さん”、エルナは“母さん”、レオンハルトは“レオ兄さん”、アルフレートは“アル兄さん”と普段はそう呼んでいる。



「その声はリヒトか!? ちょ、ちょっと待てっ! まだ扉を開けるなっ!!」



 ベルノルトの驚いた声と共に、何やらドタバタと慌てているような音が聞こえて来た。

 ……何をそんなに慌てる必要があるのだろうか?



「よ……よし、もう入っていいぞ」



 暫くの間、扉の前で待っているとようやく入室を許された。

 俺は執務室の扉を開けて中に入る。するとベルノルトの他に何故か母親であるエルナもいた。



「どうしたんだリヒト? お前がここに来るのは珍しいな」

「ええ、そうね。どうしたのリヒト?」



 二人とも笑顔だが、心なしか顔が引きつっているように見える。

 よく見ると、二人の衣服が少し乱れていた。

 ……何となくであるが、二人が執務室でナニをしていたのかが分かってしまった……。



(お前らこんな時間に、しかもこんな場所で、一体ナニをヤッてるんだっ!!)



 そういうことは夜にヤレッ! と思わず言いそうになったが、何とか我慢した。

 夫婦仲が良好なのは良いが、もう少し時と場所を考えて欲しいと思う。

 っていうか、生まれた時に俺に弟か妹ができるのは時間の問題だと思ったが、ヤルことヤッているのに、未だにできていないのが不思議でたまらない。



「――父さんに相談したいことがあったんですが……。それよりも、父さんと母さんは“運動”でもしてたんですか? 服装が乱れてますよ?」



 気付いていないフリをするのが大人の対応だと思うが、これくらいの意地悪は良いだろう。



「えっ!? あ……ああ、ちょっと大人の運動を――」



 しかしそれ以上、ベルノルトの言葉は続かなかった。

 何故ならエルナがものすごい形相で、ベルノルトを睨んでいるからだ。

 こ、怖い……。



「――ははは……。そっ、そうだリヒト! 俺に相談したいことがあるんだったな!?」



 ベルノルトは強引に話題を変えてきた。

 まあ俺のほうも、これ以上この話を続けるつもりはない。怖いから……。



「はい、そうです」

「で、相談したいことって何だ?」



 さて、ここからが本番だ。



「家の倉庫に属性水晶ってありますよね?」

「ん? ああ、確かにあるが……それがどうかしたのか?」

「それで相談なんですけど、その属性水晶を使わせてもらえませんか?」

「はあ? 使いたいってお前……。それは、自分の魔力の属性を知りたいってことか?」

「そうです」

「まだ年齢的に魔法を試すのは少し早いと思うぞ。せめてあと一、二年は待ってからだ」

「ベルノルトの言う通りよ、リヒト。慌てる必要は無いわ」



 予想した通り、ベルノルトは難色を示した。それにエルナもだ。

 しかしここで引き下がる気は最初から無いのである。



「属性水晶を使うだけでもダメですか?」

「いや……そもそもお前、まだ魔力循環できないだろ?」



 属性水晶で魔力属性を調べるには、魔力循環を行い、ごく少量の魔力を属性水晶に流す必要がある。

 因みに、魔力量が少なく魔法が具象化できない人でも、魔力循環さえできれば、魔力属性を調べることは可能だ。



「魔力循環ならできますよ」



 俺は魔力循環を行えることを明かした。



「はあっ!?」

「嘘!? 本当に?」



 ベルノルトとエルナの二人は驚きの声を上げる。



「一体いつの間に……」

「十日前からです」

「そ、そうなのか、十日前から……」

「だから属性水晶を使わせてください」



 キッパリとそう言ってやった。

 さて、ベルノルトはどう出るだろうか?



「…………」



 俺が本気だと伝わったのか、ベルノルトは黙って俺の目をじっと見る。

 その真意を探ろうとする視線から、俺は決して目を逸らさなかった。



「はあ……」



 ベルノルトが一度溜息を吐くと、今まで見たことが無いような真剣な表情になる。



「リヒト、お前は魔法使いになりたいから、魔法を試してみたいのか?」

「いいえ違います。魔法使いに“なりたい”ではなく“なる”んです。それに“試す”なんて軽い気持ちじゃありません」



 十日前の俺は、軽い気持ちで魔法を試そうとしたが、俺に膨大な魔力量があると知ってから、本気で魔法使いになることに決めたのだ。

 現金なものだと思うが、今ベルノルトに言ったことは、俺の偽らざる気持ちである。



「そうか……。リヒト、分かっていると思うが、魔力循環までは鍛練さえすれば誰にだってできるようになる」

「はい、分かっています」

「魔力循環ができるなら、今すぐにでも属性水晶で魔力属性を調べることはできる。しかし――」

「……何ですか?」

「魔法使いになれるのは極一部の人間だけだ。それには努力ではどうにもできない、魔力量という絶対の壁がある」

「そうですね」

「お前は魔力循環ができるようになってまだ日が浅い。魔力が身体を循環しているのは感じられても、まだ自分の魔力量は正確には分からないはずだ」

「それは――」



 分かると言いかけて、その言葉を飲み込んだ。

 確かに膨大な魔力量を持っていると漠然としか分かっていない。俺自身どれだけ魔力量を持っているのか正確には把握していないのだ。

 それに魔法を使うときは、魔力量に物を言わせているに過ぎない。



(ふむ、これは今後の課題だな)



 まあしかし、今重要なのは属性水晶を使うことであって、俺の魔力量を正確に把握することではない。

 


「厳しいことを言うが、例え今、魔力属性を調べても、お前の魔力量が少なく、魔法が具象化できないのなら何の意味もない」

「…………」

「だからある程度、自分の魔力量を把握できるまで魔力循環の鍛練をして、無属性の魔力で魔法を具象化できたのなら、もう一度、属性水晶の使用許可を貰いに来なさい」



 分かっていたが、魔力循環ができると言った程度じゃ説得されないか……。

 ならば――。



「父さんの言い分は分かりました。じゃあ、今からもう一度、属性水晶の使用許可を貰いましょうか」

「何? それはどういうことだ?」



 そして俺は驚かせてやろうという計画を実行に移した。

 この場面でするのが一番効果があると、直感したからだ。



「だって――」



 そう言いながら右手を前に出し、手の平を上へと向けた。

 そして魔力循環を行い、頭の中でイメージした魔法――サッカーボール大の球体を手の平から出現させた。



「「――ッ!!」」



 それを見たベルノルトとエルナは、目を見開き驚いている。



(おおっ、驚いてる驚いてる)



 俺はさらに、その球体の形状をイメージによって変化させる。

 球体は徐々に変形していき、そして鳥の形になった。イメージしたのは鷹だ。

 それは翼を羽ばたかせると、手の平から飛び立ち部屋の中を自由に飛び回る。魔法のイメージ次第で、このようなことも可能となるのだ。

 この魔法は、俺が現時点で使える魔法の中で最も難しい魔法だ。魔法で動物などの動きを再現するのは中級魔法の技術である。

 そして――暫くの間、部屋の中を飛び回っていた魔法の鷹は、俺が指をパチンと鳴らすと、スッと消え去った。



「――無属性の魔法ならすでにいくつか使えますから」



 魔法の実演が終り、二人の様子を窺うと――。



「「………………」」



 ベルノルトとエルナの二人は、まるで鳩が豆鉄砲を食らったかのように、ポカンと口を開けて俺を見ていた。

 俺は“してやったり”といった風に、ニヤニヤと笑みを浮かべる。

 二人は暫く唖然としていたが、先に我に返ったエルナが口を開いた。



「ねえ、リヒト……今の魔法よね?」

「魔法ですね」



 俺はエルナの問い掛けに対して肯定する。

 それによって、ベルノルトも我に返ったのか、戸惑い気味に口を開いた。



「リヒト……。お前、魔法を使えるのか?」

「使えますよ」



 俺がそう言うと、ベルノルトとエルナの二人は互いに顔を見合わせた。

 そして――



「きゃーーーーーーっ!! 凄いわリヒト! ねえ、もう一度やって見せて!!」



 エルナは歓喜の声を上げた。その甲高い声に耳がキーンとする。

 俺はエルナの喜びように、逆に面食らってしまった。

 しかしそのリクエストには応えねばなるまい。だから俺は先程と同じ魔法を使って見せた。



「凄いわリヒト! ねえベルノルト見た? 今の見た? リヒトが、リヒトが魔法を使ったわ!」

「あ、ああ、そうだな……」



 俺が魔法を使ったことにエルナは歓喜しているが、ベルノルトはまだ戸惑っているようだ。



「父さん」

「……何だリヒト?」

「先程、父さんが言った通り、無属性の魔力で魔法が具象化できるので、属性水晶を使わせてもらえませんか?」



 俺はもう一度、属性水晶の使用許可を求めた。

 まあ結果は分かりきっている。



「…………」



 ベルノルトは一度沈黙し――。



「はあ……。ああ、もう好きにしろ」



 どこか投げやり気味に許可を出した。



「リヒト、お前は最初からそれを見せて説得する気だっただろ……」

「はい、そうですね。父さんを説得する自信が無ければ、こんな話はしませんよ」



 説得に絶対の自信があったのは、俺が既に無属性だがいくつか魔法を使えるからだ。

 魔法を見せれば、ベルノルトを説得できると俺は確信していた。



「確かにこんなものを見せられたら、使用許可を出さない訳にはいかないだろ……。それよりもリヒト――」

「何ですか?」

「魔力は大丈夫なのか?」

「ああ、それなら大丈夫ですよ。むしろ現時点では、体力のほうが先に限界が来ます。とは言え、先程見せた魔法なら体力の限界が来るまで、あと二十回くらいは使えますけど」

「そ、そうか……。と言うことは、魔力量は多いってことで良いんだよな?」

「そうですね。初めて魔力循環をした時、あまりの激痛に意識が飛びかけるくらいには多いですよ」

「お前、それは――」



 俺の言葉の意味すること――魔力量は膨大だということをベルノルトは理解したようだ。



「ったく……うちの息子達は一体どうなっているんだ。レオといい、アルといい、それにリヒトといい……」

「ん? レオ兄さんは分かりますが、アル兄さんもですか?」



 レオンハルトがずば抜けて頭が良いのは知っているが、アルフレートにも何か才能があるのだろうか?

 勉強をサボって遊び回っているというイメージしかないのだが……。



「ああ、リヒトは知らないのか。アルの奴は、剣に類い稀な才能を持っていてな」

「剣にですか?」

「そうだ」



 そういえば、前に一度だけアルフレートが庭で木剣を素振りしていたのを見かけたことがある。

 その時はあまり気に留めていなかったが、まさか剣の才能があるとは……。



「何故アル兄さんは剣を?」

「ああ、それはな――」



 話を聞くと、ある日、アルフレートが勉強をサボってノイハイムの町に遊びに言った時、そこで同世代の子供達と喧嘩になったそうだ。

 何故そうなったのかと言うと、その子供達にイジメられていた子がいて、そこにアルフレートが助けに入ったことが原因らしい。

 しかし喧嘩に負けて、泣いて家まで帰ってきた。

 そして両親に喧嘩の理由を話した後、アルフレートは『強くなりたい』と言ったそうだ。

 ベルノルトが『仕返しをするために強くなりたいのか』と聞くと、アルフレートは首を横に振り、『イジメられている子を守れるように強くなりたい』と答えた。

 その答えに感動したベルノルトは、無闇に人には使わないことを条件に、剣を教えることにしたようだ。



「――初めて剣を教えた日は『コイツ筋が良いな』程度にしか思っていなかった……。しかし二日、三日と剣を教えていると、その類い稀な才能を見せ始めてな」

「そうだったんですか……」



 俺はアルフレートのことを、頭は悪くないが勉強嫌いなサボり魔だと思っていた。しかしどうやら少し誤解していたみたいだ。

 ただの勉強嫌いなサボり魔ではなく、その胸の内に強く優しい正義の心を持つ、勉強嫌いなサボり魔であったようだ。



「正直、最近じゃあ、アルの相手がキツくなってきてな……」

「そうね。この間一本取られたものね?」

「あ、あれは本気ではなかったし……」

「あら、そうかしら? 私はあなたが十分本気だったと思ったけど?」

「うっ。ま、まあ、そうだな。ははは……」



 エルナの指摘に、ベルノルトはそれを認めながら、乾いた笑いをする。

 しかしベルノルトを相手にして、一本取ったって言うのは一体何の冗談だ? 

 俺はベルノルトがたまに庭で剣の鍛練をしているのを知っているし、見学したのも一度や二度ではない。剣に関して素人の俺でも、ベルノルトが強いのは理解できる。

 しかもアルフレートは二ヶ月前に、七歳になったばかりだ。それでベルノルトに一本取ったと言うことは、アルフレートは剣に類い稀な才能を持っていると言うのは本当のようだ。



 ――余談ではあるが、現在ベルノルトとエルナは二人とも三十五歳、レオンハルトはあと一ヶ月ちょっとで十二歳になる。

 それにレオンハルトは来年の春から三年間、このエーデルガルト帝国西部最大の貴族にして、西部の貴族達の纏め役のローデンヴァルト侯爵家が治める領地にある全寮制の『貴族学校』に入学予定だ。

 この貴族学校は、勉強も教えるが、それよりも社交界デビューのため、礼儀や社交ダンス、上流階級のマナーを教えるといった傾向のほうがが強い。

 また貴族の子弟の他にも、有力者や大物商人などの子弟も通うので、コネや人脈作りの場とも言える。

 おっと、だいぶ話が逸れてしまった。それよりも今は属性水晶だ。



「あの父さん、そろそろ……」

「ん? おおっ! 話が逸れてしまったな」



 まあ話が逸れたのは殆ど俺の所為であるのだが……。



「少し待ってろよ」



 ベルノルトはそう言うと、天井から下がっているリング付きの太い紐を何度か引っ張った。

 このリング付きの太い紐は、この執務室から天井裏や壁裏を通って使用人室にあるベルへと繋がっている。そして紐を引っ張ることでそのベルが鳴り、使用人を呼び出すのだ。いわゆる呼び鈴と言うものである。

 このような紐は、屋敷の十数ヶ所にあり、その全てが使用人室へと繋がっている。使用人室には十数個もベルがあり、鳴ったベルにより何処の部屋から呼び出しがあったか分かる仕組みだ。

 俺の部屋にも一応あるが、使ったことは一度も無い。

 そして――少しの間待っていると、執務室の扉がノックされる音が聞こえてきた。



「お呼びでしょうか、ベルノルト様」



 この声は執事のゲーアハルトだ。



「――入れ」

「失礼いたします」



 ベルノルトが入室の許可を出すと、執務室の扉が開き、ゲーアハルトが恭しく一礼をしてから執務室に入ってきた。

 ……相変わらず歩き方の一つにまで、洗礼された動きである。この世界の執事は皆こうなのだろうか?

 ゲーアハルトはこのミルヒシュトラーセ男爵家の家令も兼任している。しかし本人曰く、あくまでも“執事”なのだそうだ。何か拘りみたいなものがあるらしい。



「ベルノルト様、どのようなご用向きでしょうか」

「用っていうのは、倉庫へ行って属性水晶の準備をしておいて欲しいんだよ」

「属性水晶をでございますか? それは構いませんが……まさかリヒト様に?」



 ゲーアハルトは、ベルノルトの言葉と俺がこの場に居ることから、すぐに誰が属性水晶を使用するのか察したようだ。



「ああ、そう――」

「そうよ! それよりも、ゲーアハルト聞いて聞いて! リヒトが魔法を使ったの!」



 ベルノルトはゲーアハルトの問い掛けに対して肯定しようとしたようだが、エルナによって遮られてしまった。

 そんなに俺が魔法を使えたことが嬉しいのだろうか? 普段ではあり得ないほどのテンションの高さである。それに何だか子供っぽい。



「なんと!? エルナ様、それはまことでございますか?」

「本当よ。リヒト、さっきの魔法をゲーアハルトにも見せてあげて!」



 俺はチラリとベルノルトのほうをを見ると、苦笑いをし、やれやれといった感じでエルナを見ていた。

 どうやらベルノルトは、エルナが落ち着くまで待つようだ。

 ならば、早いところ済まして、エルナには落ち着いてもらうとしよう。

 そして俺は本日三度目となる魔法をゲーアハルトに見せた。



「おおっ! そのお歳でこれほどの魔法が使えるとは……。今から将来が楽しみで仕方ありませんね」

「そうでしょ! そうでしょ! リヒトは歴史に名を残すほどの魔法使いになるわ!」



 ……何か余計テンションが高くなってないか?

 それに俺は、別に歴史に名を残そうとは思っていないのだが……。



「はあ……。まあこういう事だ。属性水晶の準備は頼んだぞ」



 ベルノルトが呆れながら話を締めくくる。



「かしこまりました。すぐに準備をしてまいります」



 ゲーアハルトはそう言うと、一礼してから執務室を後にした。



「エルナ……。嬉しいのは分かるが、少し落ち着け」

「あらやだ、私ったら! ゴメンなさい……。つい嬉しくなって、少し興奮してしまったわ」



 エルナは顔を真っ赤にしながら謝罪する。

 しかし……あれで“少し”なのか? まあいいけど……。

 それよりも疑問に思うことがある。



「父さん。倉庫まで行って属性水晶を使うんですか?」



 ベルノルトはゲーアハルトに、倉庫まで行って属性水晶の準備をしておくように命じた。つまり倉庫へ今から行くということだ。

 わざわざ倉庫まで行かなくても、ゲーアハルトが属性水晶を執務室まで持って来てもらえば良いのではないだろうか?

 確か魔法の教本に書かれていた属性水晶の情報では、それほど大きなものでは無かったはずだ。



「まあここに持って来てもらっても良いんだが……あそこには、リヒトが興味を持ちそうなものもあるからな」

「興味を持ちそうなものですか? それは何ですか?」

「はっはっはっ、それは倉庫に着いてからのお楽しみってやつだ。さあ俺達も行くぞ」



 ……一体何があると言うのだろうか? ……凄く気になる。

 まあ危険だから入るなと言われていた倉庫に入れるようなので、ここはベルノルトの言う通り、倉庫に何があるのか楽しみにしておくとしよう。



                   ◆



 ――俺達が倉庫が見える所まで着くと、既に準備を終えたのか、ゲーアハルトが倉庫の扉のすぐ横で待機していた。

 そして倉庫の扉の前まで行くと、ゲーアハルトが扉を開き、恭しく一礼する。



「既に準備は整っております。どうぞお入りください」

「ああご苦労さん。おいリヒト先に入れ、お楽しみの時間だ」



 ベルノルトは何やらニヤニヤしている。俺はその言葉に従い、先に倉庫の中に入る。

 そこには――。



「あれ……? まさかこれって……魔導具?」



 いくつもの魔導具らしき物が置かれていた。

 俺はその中の一つを手に取ってみる。

 それは一見すると、照明器具のランプのように見えるが、れっきとした魔導具であり、『魔導灯』と呼ばれている物だった。

 倉庫の中には、この魔導灯の他にも、何十種類もの魔導具がある。



「父さん! これって魔導灯ですよね!? しかも汎用タイプの!」



 魔導具には、魔法使いが直接魔力を流し使用する『専用タイプ』と、魔力を溜めることができる『魔核(コア)』から魔力を流して使用する『汎用タイプ』の二つがある。

 魔核(コア)とは、魔物の体内にある『魔結晶』から特殊な加工をして作られる物だ。

 専用タイプの魔導具は魔法使いにしか使うことができないが、汎用タイプの魔導具は必要となる魔力を魔核(コア)に溜めてさえ貰えれば、魔法使いではない人でも使用可能である。

 例えばこの汎用タイプの魔導灯は、魔核(コア)に火属性の魔力を溜めて使用する魔導具だ。

 しかし汎用タイプの魔導具は値段が高いので、平民には手が出せない。それに魔核(コア)に魔力を継続的に溜めて貰わねばならないので、魔法使いを雇う費用も掛かり、経済的に余裕のある人しか使うことだできない。



「ああ、そうだぞ。驚いたか?」



 確かに驚いた。

 これまで一度も、家の中では魔導具を見たことが無かったので、この家には無いとばかり思っていた。

 しかしよく考えてみると、このミルヒシュトラーセ男爵家は、近隣諸侯と比較しても裕福なほうである。魔導具の一つも無いほうが、逆におかしかったのだ。

 ベルノルトを見ると、“してやったり”といった風な顔をしていた。

 クッ……。どうやらこれは、俺が先程魔法で驚かせたことに対しての意趣返しのようだ。

 何とも大人気ない。まあ俺も人のことは言えないけどな!

 


「しかし何故、魔導具を使わないのですか?」

魔核(コア)に魔力を溜めて貰うにも、お金がかかるからな」



 まあそれはそうなんだが……。

 ベルノルトは一応魔法を使えるが、魔法が具象化できるギリギリの魔力量しかないので、魔核(コア)に魔力を溜めるには向かないのである。



「でも下級魔法使いなら、二、三名ほど雇うくらいはできますよね?」



 ミルヒシュトラーセ男爵家の資産状況なら、それくらいは可能のはずだ。

 一応、領都ノイハイムには、魔導灯が街灯として数十箇所に設置されているし、その他にも、魔導具が使われている所がある。

 魔法使いを十人ほど雇っているが、その給金は領地を運営するための予算から出している。

 あくまで、領地で雇っているのであって、家で雇っている訳ではない。



「確かに雇えるけどな。しかしリヒト、下級魔法使いの一ヶ月の給金の相場って知ってるか?」

「はい、二万ゲルトくらいですよね」



 大体それくらいだと、本には書いてあった。



「おおっ! 知っていたか。まあ能力によって多少は変動するが、まあそんなもんだ」



 このエーデルガルト帝国の貨幣は、小銅貨、大銅貨、小銀貨、大銀貨、小金貨、大金貨、白金貨の七種類の硬貨からなり、通貨単位は『ゲルト』が使われている。

 硬貨の価値は、小銅貨一枚=一ゲルト、大銅貨一枚=十ゲルト、小銀貨一枚=百ゲルト、大銀貨一枚=千ゲルト、小金貨=一万ゲルト、大金貨一枚=十万ゲルト、白金貨一枚=百万ゲルトとなっている。

 下級魔法使いの一ヶ月の給金は二万ゲルトということは、年収は二十四万ゲルトだ。平民の平均年収は五~六万ゲルトといわれているので、下級魔法使いであっても、かなりの高給取りである。

 それだけ魔法使いは稼げるのだ。



「下級魔法使いを三名雇ったとして、年間約七十二万ゲルトだ。そんなことにお金を使うなら、領地の開発などに使う予算に回したほうが建設的だと思わないか?」

「まあ……それはそうですね」



 実はこのミルヒシュトラーセ男爵領の面積は、日本の京都府とほぼ同じくらいある。しかし実際に人の手が入って開発されているのは、領地の四割くらいで、残り六割はまだ人の手が入っていない未開地である。まあ……その開発されている大半の土地は農地なんだけどね。

 領地の人口は十万四千人ほどと、領地の広さに比べると少ないと思う。しかし領地の開発が進めば、人口も次第に増えていくだろう。

 実際に年々、人口は増加しているそうだ。

 そして人が増えれば領の税収も増える。

 なるほど、確かにベルノルトの言う通り、領地の開発などにお金を使ったほうが建設的だ。

 因みに、この国では領地を持つ貴族の爵位が高ければ領地も広いということはないようで、伯爵以上の爵位を持っていても、ミルヒシュトラーセ男爵領より領地が小さいという貴族家は多いようだ。



「それに現状、魔導具を使わなくても困っていないしな」



 ……いや、俺は結構困っていたりする。

 前世で便利な生活に慣れ親しんだ身としては、魔法は存在するが、前世より文明レベルが低いこの異世界で生活するには、やはり辛いものがある。

 まあ、一部の技術については、この文明レベルに対して不釣り合いなほど高い技術力を持つ物も存在するが……。



「なら何で、魔導具が倉庫に置いてあるんですか?」

「それは前当主までは、普通に魔法使いを雇い入れて使っていたんだ」



 魔導具はとても便利である。どうやら先代の当主達は、多少お金が掛かろうとも使っていたようだ。



「確か亡くなった父さんのお兄さん――つまり僕の伯父さんにあたる人が、この家の前当主でしたよね?」

「ああ、そうだ」



 ベルノルトには十歳年上のフランツという名前の兄がいて、その人が前当主だった。しかし今から十三年前に病死したのだ。

 前当主であったフランツは、結婚してはいたが子供はいなかった。そのため次男であったベルノルトが、この家を継いだのである。



「そういえば父さんって、この家を継ぐ前は何をしていたんですか?」

「あれ? 話してなかったか?」

「はい」

「そうか……。俺は冒険者をしていたよ。まさか家を継ぐことになるなんて、思ってもみなかったけどな」



 冒険者とは――よくゲームとか出てくるような、未開の地を冒険したりしたり、遺跡を探索したり、魔境に入って魔物を狩ったりする者達のことだ。

 危険を伴なうが、腕に自信のある人や一攫千金を夢見る人、それに浪漫を追い求める人などには人気の職業である。

 実は俺も、将来は冒険者になろうと考えている。何より冒険者は自由だし、“冒険”という言葉に心躍るものがあるからだ。



「父さんは冒険者だったのですか……」



 ベルノルトが元冒険者だったことに、驚きは無かった。

 元々、身体つきはガッチリとしているし、剣の腕前も高い。それに普段の振る舞いが全然貴族らしくないため、むしろ納得したのだ。

 


「それに、エルナも冒険者だったんだぞ」

「えっ!? 母さんもですか!?」



 衝撃の事実である。さすがにこれには驚いた。まさかエルナも元冒険者だったとは……。

 と言うか、エルナはこのエーデルガルト帝国西部で五指に入るほどの名門貴族、ファルケンハイン伯爵家の出身だと聞き及んでいる。

 そんなお嬢様が、何で冒険者なんかしていたのだろうか?

 


「そうだぞ。“狂戦士(バーサーカー)”のエルナって言われていてな、当時の冒険者達の間では有名だったんだ」

「ベルノルト! その二つ名を言うのは止めて!」



 エルナは必死になってベルノルトに抗議している。

 その狂戦士(バーサーカー)という二つ名は、エルナにとって黒歴史のようだ。しかし、何でそんな二つ名が付けられたんだろうか?

 凄く気になるため、聞いてみたいのだが、その二つ名の話はこれ以上したらダメだと、俺の直感が訴えかけてくる。

 ……後でベルノルトに、こっそり聞くことにしよう。



「あの……母さんは何で冒険者になったのですか?」



 俺は二つ名のこととは別に、エルナが冒険者になった経緯が気になっていたので、思い切って聞いてみた。



「そうねぇ……。いろいろ理由はあるけど、やっぱり一番の理由は、物語のような冒険がしてみたいっていう“憧れ”かしら」

「ああ、なるほど……」



 この世界の物語には、様々な冒険譚がある。その中には、過去の冒険者が経験した冒険――つまりノンフィクションの冒険譚も存在する。

 そういう冒険譚を読み、冒険者に憧れる人は多い。エルナもその一人だったようだ。



「おーい。その話は後でゆっくりすることにして、早く済ませてしまおう」

「あっ! そうでした……」

「そうね。私は早くリヒトの魔力属性が知りたいわ」



 俺も早く自分の属性が知りたい。

 それにしても……今日は思わぬ新事実をよく聞く日だな。



「それに見物人もいるしな」

「……はい?」



 俺はベルノルトの言った意味が最初理解できなかったが、後ろを振り返ると、倉庫の出入り口に見物人――この家の使用人達が覗き込んでいた。

 どうやら俺達が話し込んでいる間に、集まって来たようだ。

 何故か今は勉強の時間であるはずのレオンハルトとアルフレートまでいる。二人してサボったのか? アルフレートはいつものことだが、レオンハルトまで……。

 と言うか二人の後ろには、家庭教師のビアンカまで興味深そうにしている。おい、それで良いのか家庭教師……。

 それにしても、一体どこから話が――って、一人しかいないか……。

 俺は執務室からこの倉庫までベルノルトとエルナとは一緒だったし、その間に使用人と会話したなんてことは無かった。

 恐らく、ゲーアハルトは執務室から倉庫まで行く間か、或いは準備している時に、誰か他の使用人と会話することになり、俺のことを話したのだろう。

 別に複数人に話す必要はない。たった一人に話せば、その人から他の使用人に話が伝わるのだから。

 まあベルノルトも口止めしなかったし、俺も魔法を隠すつもりは無いので別に良いのだが……。



「まあ見物人達は、かぼちゃだと思って気楽にやれば良い」

「……分かりました」



 今、俺の目の前には属性水晶がある。よく占い師が使用するような水晶玉だ。

 この属性水晶は、ガラスに魔物の素材を混ぜて作られた物であり、実は魔導具ではない。

 その魔物の素材と言うのは驚くことに、スライムから採れる『スライムの粘液』という素材なのだ。

 スライムはその色によって、何の属性なのか分かる魔物だ。それはスライム自身の魔力が粘液と反応して、その属性の色に変化する特性があるからだ。

 属性水晶は、そのような特性があるスライムの粘液を利用して作られた物なのだ。

 一応、スライムの粘液はそのままでも使えるらしいが、誰も触りたがらないので、ガラスと混ぜて水晶玉にしたようである。

 このように、魔物の素材を利用して作られた道具が、この世界には普及しているのだ。



「……いきます」



 魔力循環を行い、手を属性水晶に近付ける。

 それにしても、俺の魔力属性は一体どの属性だろうか? やっぱり一番多いと言う火属性? それとも一番少ない闇属性? あるいは二重属性(ダブル)三重属性(トリプル)なんてことも……。

 ああヤバイ、何だかとても緊張する。先程から額や手から汗が出て、バクバクと心臓の鼓動が大きく聞こえる。

 俺は手が属性水晶に触れると同時に、魔力を流し込んだ。

 属性水晶に映し出された色は――。



「……え?」



 俺は属性水晶に映し出された色を見て、信じられない気持ちになった。

 見物していた使用人達からは、驚きとどよめきの声が上がる。

 属性水晶には赤色、緑色、黄色、青色、白色、黒色の計六色が混ざり合うように映し出されていた。

 つまり俺の属性は――全属性(オール)と言うことのようだ……。



「きゃーーーーーーっ!! やっぱりリヒトは天才なのよっ! そうに違いないわ! ヒャッホー!」

「……マジかよ」



 エルナのテンションが変な方向にいっている。逆に、ベルノルトは唖然としていた。



「……父さん」



 俺はそんなベルノルトに近付いて、声を掛ける。お願いしたいことがあるからだ。



「……何だ、リヒト」

「二つほどお願いしたいことがあるのですが……。良いですか?」

「言ってみろ」

「一つ目は、今はあまり目立ちたくはないので、暫くこのことを屋敷の人達だけの秘密にしてもらえませんか? ……特に母さんの口止めをしっかりお願いします」



 あの様子では、明日には領内中は無理でも、ノイハイム中にこのことが知れ渡っていそうだ。

 俺は別に魔法使いであることや自分の魔力属性は周囲に隠すつもりは無かったが、魔力属性が全属性(オール)ということなら、屋敷の人間以外には暫く隠していたほうが良さそうだ。

 ……何となくだが、身の危険を感じる。



「…………ああ、分かった。エルナやゲーアハルト達には、俺から口止めをしておこう。で、二つ目は?」

「この倉庫にある魔導具を、貸してもらえませんか?」



 やはり便利なものは使いたいのだ。



「貸すだけで良いのか? 何だったら、いくつか選んで貰っていっても良いぞ」

「ありがとうございます。では、貰うことにします」



 俺は魔導灯や魔導時計といった汎用タイプの魔導具を十種類ほどゲットした。

 しかし、まさか俺の属性が全属性(オール)とは……。

 膨大な魔力に加え、全属性(オール)……これってチートじゃね?

 そう思わずにはいられない俺であった……。

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