プロローグ
人魚姫の最期というものは到底悲劇に決まっている。
誰にも知られず、泡の様に散り逝く。
そんな姫らを泣く者はいなければ、笑う者もいやしない。
真ん中に立っている筈なのに。
誰よりも美しい容姿を持っている筈なのに。
皆から尊敬されている筈なのに。
努力を惜しまない、天才な筈なのに。
心が広く、女神のように優しい筈なのに。
子どもの様に無邪気で、誰からも愛される筈なのに。
何時も静かに隣に寄り添っている筈なのに。
周りは悲劇を知らない。
結局、それもまた、悲劇なのだ。
肉体の死ではなく、皆に忘れられることこそ本当の死というが。
実際、周りから見れば姿を見ることも声を聴くことも出来なくなってしまうだろ?
そんなの、死んだも当然じゃないか。
肉体が死ねば、周りから見たその人の時間は止まってしまうのだ。
それ以上先の未来なんて、想像できない。
なぁ、お前はどう思う?
俺は瀬良海生。
17歳、男。O型。
特徴は日本人の癖に目が真っ青なこと。
そのせいで青いビー玉を見る度に、「これお前の目やん」と言われ続けているのもまた良い思い出になってくれると有り難い。
家族構成は父と兄二人。(残念ながらこの三人の目は真っ黒)
とても平和な家族だと思う。
そんな訳で今日は____
親父と兄二人の葬式だったりする。
本当に突然すぎて、まだ夢を見ている気分だ。
あまりにも現実感が無さすぎた。
「大丈夫か?」
ん、と缶ジュースを差し出したのは光。
俺の幼馴染み。
そう、光も青い目の持ち主だった。
と言っても、彼はそっち系とのクォーターだというから当たり前なのだろう。
金髪だし。
「サンキュ」
ため息を着いて、そのジュースを受け取り、開ける。
光はなにも言わずに隣で俯いていた。
「君、これからどうするんだい」
ポツリと呟く光。
「まぁ、親父の実家だろうなぁ...近いから学校変わらないし。まぁ、遺産もあるから学費も大丈夫だし。」
「そうか....」
光はふぅ、とため息を着いて、それからまた静寂が訪れた。
「なぁ、海生」
「なんだ」
「君、泣かないのか」
「....いきなりすぎて、涙も出ねーよ」
「...なぁ、海生。」
「ん?」
「僕と暮らさないか」
一瞬、修学旅行みたいなのを想像し、楽しそうとか思った自分を現実に戻す。
「いやぁ、幾ら幼馴染みでもそれは気が引けるだろ...」
「どうせ君のことだから、父方の実家とか言って一人暮らしでも始めるつもりだったんだろう?」
「あ、バレた」
「何年一緒にいると思ってるんだ」
「....でもさ、やっぱり光の母さんと父さんに悪いし。」
「あぁ、心配ない」
だって、これから僕は君と二人暮らしするところだったし。
光はそう続けて、ポケットから鍵を取りだし、俺の目の前で揺らす。
「....どういう意味ですか天川さん?」
「僕は最初から君と二人暮らしをする予定だったと言えば分かるかい?」
「...は?」
「一人暮らしを両親に反対されたからね、君と暮らすと言った」
「初耳だし」
「僕も初めて言ったし」
「あー、だからお前の母さん達が嫌に優しかったわけだ」
「そりゃあ、息子と二人暮らししてくれる訳だしな」
「...ちょっと不謹慎なこと言ってもいいか?」
「いいよ」
「お前が仕組んだんじゃないだろうな」
「まさか、本当に君、不謹慎なこと言うね。バチが当たるよ」
「もう何も怖くない気がするけどな」
光の鍵を受け取り、ポケットにしまう。
「まぁ、考えてみるよ」
「いなくても部屋が広くなるだけだから良いけどね」
光はそう言って、また黙った。
三つの棺に目を移せば、やっぱりまだ現実からかけ離れた何かがもやもやと漂っていた。