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3:大家と店子・3

 褐色の肌のカップルの正体は、根気強く聞いた結果、駆け落ちした領主の息子と使用人ということだった。

 しばらく二人で逃げたが、どこにも逃げる場所が無くなり、逃げる伝手も無くなり、いっそこのまま二人で儚くなってしまいたいと思いつめて、湖に崖から飛び込んだそうだ。

 その格好じゃ容易く見つかるよねと青年の姿に思ったが、サチは敢えて言わなかった。

 多分何故あっさりと追っ手に見つかったのか、二人はわかっていないだろう。


「それで目が覚めたら隣の部屋に」

「うん。うちの床の間、異世界に繋がっていてね、床の間の掛け軸の向こう側から来て、掛け軸の向こう側へ帰って行くの」


 その掛け軸がいつからあるのかわからないけれど、鯉が川を上っていくというありふれた題材の作者不明の掛け軸。

 掃除の時にサチが捲ってみても、向こう側には壁があるだけ。

 どういう理屈で異世界と繋がるのかはわからない。


「トコノマ?」


 青年が不思議そうに聞き返すので、サチは椅子から立ち上がって隣の和室へと二人を招く。

 和室の奥の窪んだ一角を指差し、そこが床の間であり、掛け軸というのは上から下がっている絵のことだと説明する。


「確かにその一段高くなった狭い場所で気がつきました」


 納得した青年が掛け軸に近付いて捲ろうとするのを、サチが咄嗟に止める。

「ダメだよっ。それを捲ったら元の場所に戻っちゃうよ」


 青年の手首を掴んで制し、相変わらず俯いたままの女性へと顔を向ける。


「今帰っていいの?」


 視線だけで全てを察した青年は、首を横に振る。


「いいえ」


 ほっとして手首を離してから、はたと気がついた。

 何でわざわざ引きとめちゃったんだろう。別にこの人たちが帰ったって私には関係ないのに。

 そんな風にサチは思ったが、一言も話さず俯いたままの女性の事が気がかりで、このまま返してはいけない気がした。


「元々死ぬつもりで飛び込みました。まさか生き長らえる事になるとは思わず、また全く違ったこの環境に戸惑っています」


 年下の小娘であるサチに対しても礼儀を通す青年に、サチは好感を抱いた。

 だからきちんと話をしようと畳の上に正座して、背筋を伸ばした。


「大家」


 そのタイミングで声を掛けるかと言いたくなるようなタイミングで、玄関側にある和室の襖が開く。

 ルイが愛想のカケラも無い表情で、帽子を被ってバッグを斜め掛けにして立っている。

 バイトに行くのだろう。

 ここで適当に「いってらっしゃい」を言えば、また仕返しされる事が目に見えている。

 ちょっと待ってて下さいとカップルに声を掛け、立ち上がって襖の向こう側へ行く。


「バイト?」

「うん、今日は8時までだから」

「それまで晩御飯待ってる?」


 ルイはサチの肩の向こう側の二人を目を細めて見る。


「……いるなら待ってて。もしそうじゃなかったら、先に食べて」


 二人がここに残るのならば一緒に食事をするが、そうじゃないなら先に食べても構わないということだろう。


「わかった。いってらっしゃい」


 サチの返答に満足したのか、仏頂面を少し緩める。


「行ってきます」


 ガラガラと引き戸を開閉し、すっかり扉が閉まったところで元の和室に戻る。

 相変わらずカップルは二人とも神妙な顔つきのままっだ。どちらかというと生気の無い顔をしている。

 改めて二人の前に正座をして座ると、青年がしっかりとサチと視線を合わせる。


「生き長らえたことに意味があるのだと思います。帰るか帰らないかはわかりませんが、しばらく置いて頂けないでしょうか」

「うちは構わないけれど、一応前金にして貰ってるの。一か月分、先に貰ってもいいかな」

「わかりました。しかしこちらで向こうの通貨が使えるのでしょうか」


 ふっとサチは頬を綻ばせた。


「多分大丈夫。見せてくれる?」


 見たことは無いけれど、恐らく大丈夫だろう。ただ今日はもう銀行の窓口はやっていないから、判断が付かない。


「後で調べてみるね。もしこれが使えないと、何か換金できる物が必要になるんだけれど」

「ではその際にはこちらを」


 青年の耳から垂れ下がっていた大振りの宝石を目の前に差し出される。


「それはっ」


 まるで悲鳴のような声が女性から上がる。

 けれど全てを達観したかのような諦めにも似た笑みを青年が浮かべ、首を横に振って女性に微笑み掛ける。


「いいんだ。これはもう必要の無いものだから」



 その後二人を二階の5号室に案内し、そこを使うように説明する。


「この部屋が一番広いんだけれど、ベッドが置いてないんだけれど大丈夫?」

「……恐らく」


 不安げに答えた青年に、サチは押入れを開けてそこに寝具があることを教える。


「使い方はまた夜に。あとね、その服装だと外に出歩くと目立つのね。だからこっちの服を着て欲しいの」


 同じ二階にある四畳ほどの納戸に案内する。


「ここには過去にこちらで生活していた人たちが買い揃えた服が色々あるわ。下着は古着は嫌だと思うから、この引き出しに新品が入っているから使って。一応男性用が左の引き出しで、女性用がこっちね」


 半透明の衣装ケースを指差し、二人に向き直る。

 理解したと頷くので、更に説明を続ける。


「それとここにあるものは共用品扱いだから、自分で買ったものや今来ている服は、自分たちの部屋のクローゼットで管理してね」


 それにも頷いて答えるので、サチは「それと」と付け加える。


「共用部分は私が掃除したりするけれど、自室に関しては自分たちで掃除や管理をしてね。プライベートな部分には『大家』は立ち入らない事にしているの。掃除とかわからない事があったら聞いてね」


「はい」


 青年の答えにサチが笑みを浮かべる。


「では改めて、このシェアハウスの大家です。よろしくお願いします。私はあなた方をどのように呼べばいい?」


 二人は顔を見合わせ、しばらくしてから青年が笑みを作る。


「わたしはラジャ。彼女はミナ。そのように呼んで下さい。大家様」


 あははっとサチが声を上げて笑う。


「様なんていらないわ。大家って呼んで。私もラジャとミナって呼ぶから。それと敬語も必要ないわ。明らかに私より年下っぽいルイだって敬語なんて使わないんだから」


 一瞬ラジャが「え?」というような顔をしたが、サチは気付かないで笑っている。


「じゃあ私は掃除や食事の準備があるから。もし何かあれば呼んでね」


 そう言い残すと、サチはとんとんとんと規則正しい音を立てながら階段を下りていく。

 ラジャとミナの二人は、その足音が聞こえなくなると、ほっと溜息を吐き出した。



 夕食は新入りが入ると必ずやる「ホットプレートで焼肉」

 ルイが帰ってきたのを見計らって、用意していたホットプレートに電源をいれ、サチが野菜や肉を焼いていく。

 大量に作った塩むすびにおっかなびっくりという感じでラジャが手を伸ばすのをおっさんが笑い、おにぎり用の海苔を手渡す。

 ミナは全員にサラダを取り分けていく。

 ルームウェアに着替えてリビング兼ダイニングに入ってきたルイが「あーっ」と声を上げる。


「何で余が戻ってくる前に肉を焼くっ」

「どうせ焼きたてなんて食べられないでしょ。ルイ猫舌なんだもん」


 既に焼きあがったものを、ルイの皿にひょいひょい菜箸で入れるのを、ルイが嫌そうに見つめる。


「でも待ってろよ。ほんの数分なんだから」

「はいはい」


 聞く耳持たずといった雰囲気で肉を上機嫌で焼いているサチの態度にムッとして、ルイがぎゅーっと背後からサチに抱きつく。


「歓迎パーティーなんだから、キチンと揃ってからやるのが筋じゃないの?」

「はいはい」


 日常的に抱きつかれ慣れているので、サチもその事を気にする素振りも見せずに、いなしている。

 それがまた気に入らなかったのか、ちゅっとサチの頬に音を立ててキスを落とす。

 さすがにめったにそんな事はされないので真っ赤になりながらサチが振り返ると、ニヤリとルイが笑う。


「余を待たないなんていい度胸してるな。大家にはシュークリームやらない」

「うるさい暴君! こっちじゃ誰もあんたに傅いたりしないのよっ。あーもうごちゃごちゃ口出すから肉が焦げた。コレ全部ルイが食べてっ」


 ルイの皿にぽいぽいっと焦げた肉を入れ、新しいものをサチが焼きだす。

 その間もルイはサチから手を離そうとしない。

 そんなルイのおでこにおっさんが缶ビールをくっ付ける。


「つめてっ」

「見苦しいから座れ」


 普段は温和そのもののおっさんの冷ややかな態度に、ルイはサチから手を離す。

 台所に一番近いところにサチ。その両サイドにおっさんとルイ。その奥に向かい合うようにラジャとミナが座り、テーブル中央にはホットプレートが鎮座している。


「じゃあ食べよう、いただきまーす」


 サチのその声に「いただきます」の声が4つ続いていった。

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