四話「鈴蘭」
「おい、起きろ。」
聞きなれないが、非常に脳裏に焼きついている声で守は目を覚ました。
この声に普段考えられないような寝起きの良さを見せる。
「学校というものに行くぞ。お前の親御さんに起こしてくれと頼まれてな。」
目の前には、とても忘れられそうにない昨日の少女が自分の顔をベットの上から見下ろしている。
それにも驚いた守だが、なにより驚いたのが彼女の格好であった。
自分が通っている高校の制服を着込んでいたのだから。
ベットに横になったまま固まった口を開いた。
「・・・え?」
「何をいまさら驚いている?お前の願いであろう。はやく起きて行く準備をしろ。」
「そ・・・その格好は・・・?」
「私はあの世の住人だがこちらにもともと存在した人間ではないのでな。一般人にも姿が見えてしまうわけだ、それにより上が私をお前の幼馴染の親戚で、この家に居候していることにしてくれたのだ。もちろんお前の周りの関係者には私はこの世に存在していることになっているから安心しろ。」
守は頭はかなりと言ってもいいほど良い方だ。彼女の言葉を聞き、少々頭をひねったが、この状況を理解した。
つまりあと一週間、彼女と一日24時間行動を共にするのである。
昨晩とは違い、普段自分が見慣れている服装をしている少女にこれが全て現実であることを思い知らされる。
「そ・・・そうなんだ(苦笑いをしながら)」
「あと一週間私といたい・・・これがお前の願いであろう?何を今更驚くことがある?さぁ早く準備をしろ。」
そう言われ、未だ驚きを隠せない自分の脳を無理矢理納得させる。
そして重たい体をベットから起こし、学生服に着替えようとした。
が、少女は守の部屋から出る様子はない。
「・・・・あの、さすがに着替えるときそばに居られると・・・」
「なんだ?先ほども言ったがお前の願いであろう?」
「いや・・・そうなんだけど・・・」
少女は守の態度を不思議そうに見つめていたが、守が中々着替え出さないのを見ると一言
「わかった。私は部屋の外に出ていよう。」
と、言い部屋を出た。
それを確認すると急いで学生服に着替える。鏡を見つめ、身だしなみを適当に整え部屋の外で待つ少女と玄関へと向かった。
「おい・・・親とは顔を合わせないのか?」
朝起きて、家族とは誰とも顔を会わせずに玄関で靴をはき始めている守。
「ああ・・・今日家に居るのか・・・別に・・・顔合わせたくないし、いつものことだよ・・・俺の家では。」
「・・・そうか。」
彼女は守の心境を悟ったのか、あるいは見た目通り感情が欠落しているのかわからないが、それ以上は探索しなかった。
「しかし、私には挨拶くらいはするのが礼儀という立場になっているのでな。一言行って来るので待っていろ。」
そう言うと彼女は俺の親のもとへと小走りに走って行った。
朝の登校が守は好きであった。
なんとも言えぬ清清しい気分になれるからだ。
それにしても・・・自分が女性と、いや、他人と一緒に学校に行くなんて・・・今まで考えられなかってあろう。
なんとも言えぬ新鮮な気持ちだった。
彼女の隣を歩いていて守は気がついたのだが・・・やはり可愛い・・・いや、綺麗と言うべきであろうか?
どちらともとれる彼女に守は見惚れてしまう。
よく見ると身長もかなり低いようだ。守も168cmなので男では低いほうだが彼女はその守の肩の部分よりも低かった。
「・・・おい、何も喋らないのか?私も感情が無いわけではない。このような雰囲気はあまり好きではないのだが・・・。」
彼女の事を考えていて無言だった守だが、彼女に言われ無言だったと気がつく。
確かに・・・無言で一緒に歩くのはあまり良い雰囲気とは言えない。
「あ・・・ああ。ごめん。ん〜・・・と、言うかまだ君の名前を聞いてないんだけど・・・(笑)」
「・・・名前は無い。あの世では番号で呼ばれているからな。」
どうやら彼女のような「死神(?)」はまだ何人もいるようだ。
「え・・・それじゃぁ何て呼べば・・・?」
「何でもかまわん。お前の好きなように呼べばいい。それがこの世での名前となる。」
「ん〜、じゃあ・・・って・・・いいのかよ!?名前勝手に決めちゃって!?」
「・・・かまわん。」
「さ・・・さいですか(笑)・・・なら・・・」
女性の名前を決めさせられる・・・こんな状況は考えもしなかった。
再度彼女の方へと顔を向け、何か思いつくものが無いかと考えてみた。
そして・・・一番最初に思い浮かんだのが花の「鈴蘭」であった。
守にとって可愛くも見え、美しくも見える花である。
「そうだな・・・じゃぁ「ラン」でどう?鈴蘭の「ラン」から取ったんだけど・・・」
「・・・それでよい。」
「気にいらなかった?」
「嫌いではない。」
彼女は自分の名前が決まったのが嬉しかったのかどうかわからぬが、初めて少し笑顔を見せた気がした(もしかしたらいつもの無表情だったかもしれないけど)。
そうしているうちに学校へと到着。
どうやらクラスも一緒になっているようだ。
ランはいつも学校へ来ているかのように、迷わず自分の席(に設定されている場所)についた。
いつもはほとんどの授業を寝てすごす守だがさすがに今は眠れなかった。
授業中にもランのことを考えてしまう。
本当の所、感情はあるのであろうか?彼女は何故死神なのであろうか?この一週間彼女と何をしようか?
などである。
しかし、やはり一番考えてしまうのは
-自分はやはりあと一週間で死ぬのか-
で、あるが・・・。
守はあえてそのことは深く考えないようにした。
どうせならあと一週間楽しんだほうがいい。と、言う考えに無理やりさせるのであった。
午前の授業が全て終わり昼休みへ。
ランが守の席へとやって来た。
「食事の時間だな・・・私はこの世の食べ物を口にしたことが無いのだが・・・何が美味いのだ?お前にまかせるので買って来てはくれないか?」
「あ・・・いいよ。じゃぁ適当に買ってくるよ。」
「食事場所は屋上でいいな?」
「ああ。じゃぁ買って来るから待ってて」
そう言うとランは屋上へと続く廊下に足を運んで行った。
購買に着いて気がついたのだが、守は女性の食事のお使いなんぞやったことがない。何を買っていこうか非常に迷った。
とりあえずランには無難にタマゴサンドとカフェオレを買って行くことにした。
屋上に着き、始めに思ったことはフェンスによりそって町を見下ろしているランがとても綺麗だと思ったことだった。
長く綺麗な髪がなびき、いつもの無表情で下界を見下ろしていた。
今までなんどもランのことを綺麗だとは思ったが今回はより絵になっているので再度そう思ってしまった。
「ラン、買って来たよ。」
・・・
反応が無い。
「ラン!ラン!」
「・・・ああ、守か。今まで番号で呼ばれていたのでランと呼ばれても反応が出来なかっただけだ。」
やはりランも「完璧人間」ではないらしい。初めて彼女の人間らしいところを見れて守は少し嬉しかった。
「何が好きだかもまったくわからないからひとまずタマゴサンドってのとカフェオレを買って来たよ。」
「すまない。」
守とランは屋上の地べたに座り込むと食事を始めた。
ランは早速興味ありげにカフェオレを一口・・・
「む・・・」
「え・・・気にいらなかった?」
「・・・嫌いではない・・・。」
そう言った彼女の顔を見るといつもは見せないような少し微笑んだ表情になっていた。
それはいつもの「綺麗」とはちがい「可愛い」と言った表情だった。
その表情に守は少し驚きながもランの会話に反応をする。
「ほ・・・よかった〜。口に合わなかったらどうしようかと思ったよ(笑)」
「この世の物はみんなこんなに美味いのか・・・?」
またランはいつもは見せないような表情をして守に聞いてきた。
「え・・・ああ。美味いよ!今度はもっといろいろ買って来るよ。」
「是非頼む。」
そう言うとランはタマゴサンドを一口食べてみる。
そしてそれを見つめると
「ふむ・・・。」
と、一言だけ頷いていた。続けて頬張っているところを見ると、嫌いでは無いらしい。
そんなことをしている内に、昼休み終了のチャイムが鳴り響いた。