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死神ラン  作者: ひまなお
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二十三話「引金」

 部屋に広がる香ばしく、食欲を誘う香りにより、ランは睡眠から目覚めたところであった。

 脳が覚醒し、上半身を起こすよう命令しても、体が思ったように動いてくれず鉛を全身に纏っているような感覚がする。

 時間をかけ、ようやく半身を立ち上げると、自分が動きやすいジャージ姿であることが目に入る。下着も着用しておらず、ベタベタと不愉快極まりない自らの汗の量にも驚きもするが、それらの状況整理をする前に、閉ざされていた部屋の扉が音もなく、静かに開かれた。


「ラン!」


 そこから現れたのは予想通り、守であった。

 守はランと目線が重なると、部屋に入ってくるときに真っ青であった顔を瞬時に赤みに染め、駆け足で横へとやってきた。


「大丈夫か? 気分が悪いところは無いか?」


 まるで答えを強要するような焦りようだが、そこに悪意は感じられない。

 ランは一息つき、守へ解答を返してやることにした。


「何を慌てている。もともと私はこの世の者ではないのだ。気分が良かろうと悪かろうと、死ぬことはない」


 落ち着いた物腰で当然のような答えを返すと、それを聞いた守は、これまで出会って得た印象からは考えられないような怒りと焦りに満ちた表情で切り返しをしてきた。


「いいから!」


 その守の姿に一瞬上半身が後ろへと下がってしまい、少々動揺してしまう。

 何故、自分の事柄を相手に伝えることを強要されなければならないのか・・・・・・そんな不満からか、反発の言葉を相手へと返してしまった。


「・・・・・・何故、守にそれを話さなければならないのだ?」


 何かまた言ってくるだろう、そう思っていたのだが、それを耳にした守から次に繋がる言葉が出てくることはなく、勢いのままランへと向けていた瞳が下へと向けられ、「ご、ごめん・・・・・・」と、耳を凝らしてようやく聞き取れる音量でそう呟いただけであった。

 その体勢のまま、自分の言葉により落ち込んでいるであろう守と、三十秒ほどの無音の時間が過ぎ、その居心地の悪さに耐えられず、口を開いてしまった。


「・・・・・・少々体が気だるい。それに、全身汗だくで気分も悪い。だが、眠る前よりは幾分かマシだ」


 それを聞いた守は、他者が見れば恥ずかしいほどの笑顔を作り、伏せていた顔をランへと向け「よかった」と、一言だけ呟いた。

 その笑顔を凝視することが出来ず、思わず目線をそらしてしまうラン。


「本当によかった・・・・・・いくらラン自身が死ぬことは無いって言っても、その体だと生身の人間と大差無いらしいって聞いたからさ」


 この言葉により、外していた目線を戻し、睨みつけるように守を見る。


「何故、そのことを知っている?」


「ご、ごめん。さっきレイナさんから聞いたんだ」


 守の言う『その体』とは、文字通りランの体のことであろう。

 もともとこちらの世界の住人ではないランが、こちらで生活するには、目には見えないが恐ろしく体力を消耗するのである。さらにそれが一日以上の長期期間となれば尚更だ。それを大幅に減少するため、『仮の肉体』を使いランはここに居る。

 それは見た目こそランと同様で、この世でいう霊体であるラン自身がそこに入り込めば、生きている人間となんら変わりない存在になれる優れものである。が、なんら変わりの無い存在になるということは、生きている人間と同様に、風邪も拗らすし、怪我もなかなか治らないという欠点もある。

 

「別に怒ってはいない。聞いただけだ」


 そう答えたものの、経験のないこの気だるさは結構堪えるものがある。思うに、この症状がすぐに治る気配も無さそうだ。

 生きる者は、なんて不便なのだろう・・・・・・そう思いながらも、自らのことを心配そうに見つめてくれている守を見ると、何故か口元が緩んでしまう。

 今までで体験したことの無い、他人から自分へと向けられた眼差しに、安堵感さえ感じてしまう。そう、自分を心配してくれている、自分のことを考えてくれている、そんな感情を感じ取れた初めての感覚に。

 何故だろう? そう考えてしまってからというもの目の前の人物を見ることが出来ない。

 だが・・・・・・悪い気分ではない。


「そうだ。腹減ってないか? 卵粥作ったんだけど」


「卵粥? それは食べられるのか?」


「ああ。食欲無くても何か口に入れておいたほうがいいと思って作ったんだ」


 先ほどから部屋中に充満している臭いの原因が明らかとなり、食欲を誘う香りに胃が食料を要求してきた。


「・・・・・・食べる」


 と、一言だけ伝えると、守はまってましたと言わんばかりの勢いで台所へと降りていってしまった。


 僅かな時間とはいえ一人きりで部屋に取り残されたランは、考える瞬間が与えられたため、先ほどの夢を思い出していた。

 ランから言わせてみれば、あの夢は『異質』なものだ。今まで何百と見てきた同じ夢が覆された。一般的に、夢はそれを見る人物の精神状態を表すという。・・・・・・ならば、現在の私に、自身でも気がつかない変化がおき、その潜在意識から普段と違った夢を見ることになったのだろうか? それならばそれでもいい、しかし、何の変化があったのかラン自身がわからない。だからこそ脳にクエスチョンマークが出てくる。変わった事といえば、現世で暮らすという前例の無い事態になったことだけで、自身の精神状態が変わったとは思えない・・・・・・いや、思わない。

 この世に居るのもあと僅かの辛抱。この不便な体ともそれでお別れ。




 守を殺してもとの生活に戻るだけ。




 ふと当然の考えがよぎっただけ。なのに、何だろう、この胸が締め付けられるような感覚・・・・・・指先に力が入らず、脳が縮小していき押しつぶされるような頭痛・・・・・・風邪のせいか?

 気のせいか、息をするのも辛くなってきた。

 ランは腰の上に置かれた毛布を掴み、それを口元に持ってくると、荒々しく吐息を吐きつける。

 汗が全身から滝のように流れ出し、目が充血していくのがわかる。

 

 何故・・・・・・?


 それが解らない。『何故』私はこんな状態になる? この苦しみは、風邪が原因ではないことだけは解る。


 なら、『何故』?





 何故、何故、何故、何故、何故、何故・・・・・・




 


「ラン! 大丈夫!? ラン!!」


 いつの間にやら、ランの目の前に守の姿があった。

 ランの両の二の腕部分を軽く掴み、焦った様子で、覗き込むようにこちらに言葉を投げかけていた。

 

 部屋に入室した時、自分自身を抱きかかえ、全身から脂汗を垂らし、小刻みに震えているランを見つけてしまい、居ても立ってもいられなくなった守は抱えていた粥を放り投げ声をかけていたのだ。

 それにより、ようやく自己を取り戻したランは、震えを止め、支えてくれている守の腕を交互に一見する。

 充血した瞳で、かなり近い位置に有った守の顔を確認すると、何故だか心が落ち着いた。


「何処か痛いところは無い? 苦しいなら無理しないで寝ていたほうがいいよ」


「だ、大丈夫だ」


 必死に喉を震わせ、一言だけ伝えたのだが、守はそれを聞いても私への不安の色は消せないようだった。

 それがバレバレなのにも関わらず、守は私から顔を離し


「よかった。でも、キツイなら言ってくれよ?」


とランへ伝えた。


 そうして、机に放置されていた粥を目の前まで持って来てくれたが、それをランは「やはり、食欲が出ない・・・・・・すまないが後で食べさせてもらう」と拒否したが、守は「辛いときこそ食べなければダメだ」と言い放ち、小柄なレンゲにお粥を乗せ、ランの口元へと運んできた。


 最近何となく解ったことなのだが、守は他人との接触が少ないくせに、他人に対して最も最善だと思われることを『強要してくる』。

 正直、それが少々鬱陶しい。しかし、そうは思うものの、必死に私を見つめてくるのを見てしまうと、それに従わざる終えなくなってしまう。

 今回もそのせいで、ランは渋々口元へ運ばれた粥を頬張った。


「ぬ。美味い」


 不思議なもので、胃が本当に何も入っていないときには体は食物を受け付けなくなるものだ。だが、一口我慢して口にしてしまえば、それは一変して食欲へと変貌し、守の手からレンゲを奪い取り、ガツガツと粥を口へと運んだ。


 ベットから上半身だけを起き上がらせ、もの凄い勢いで粥をかきこむランを見ていた守は、一瞬呆気に取られたような表情を見せ、呆れたように答えた。




「ははは。おかわりもあるからジャンジャン食べてくれな」

 



 だが、その瞬間ランの目の前に赤い炎が広がった。

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