十五話「偵察」
キーンコーンカーンコーン・・・・
人生においてすでに何度聞いたかわからないほど聞き慣れた、授業終了を告げる音色が学校へと響く。
普段はこの音に微動だにもせず、眠りを貪り続けている守であるが、本日の両のまぶたは閉じることを許してくれそうにない。それもそのはず、今日は『やらなければならない』ことが決定づけられているためである。
(さて・・・とりあえず二階に行ってみるか。)
そこは自分の一つ下、一年生のクラスが固まる階である。
決心したように机の上へと両手をつき、腕の力を僅かばかり使い身体を立ち上がらせ、廊下へと続く扉へと向かう姿勢をとる。
が、それを目撃していたであろうランが、こちらの方向を一点に見据えて、気持ち早歩きで駆け寄って来る。
「守。今日の昼はどうするのだ?また屋上で食べるのか?」
「ああ・・・俺用事あるから。」
どちらにしろ、これから行う用事にランを連れて行くことは出来ないのだが、それとは関係無く反発的な態度で言葉を返してしまう。
「・・・ならば私もそれに同行しよう。」
しかし、ランもついて行く意思を見せると、すでに両足を動作させていた守の背中へとピッタリと同行してきた。
それに気が付き、守は突然その場で立ち止まる。
「悪いけど・・・今日は一人で食ってくんねーかな。別に二人でいつも食う必要は無いだろ?」
顔も振り向けずその姿勢を維持したまま、普段より1オクターブ音質を低くし、拒否する言葉を放つ。
「お前・・・何をそんなに怒っているのだ?」
昨日までとは明かに自分に対する態度が異なる守。
自分を拒絶しているような・・・そんな態度がヒシヒシと伝わってくるのがわかる。
「別に・・・怒ってはいないよ。俺はもともとこういう人間だったしね。」
まったく音質を変えることなく、無機質な言葉を相手へとぶつけ、振り向きもせずに扉へと歩んで行ってしまう守。
「お・・・おい!用事がすんだら屋上へ来いよ!待っているからな!」
慌てて叫んだが・・・相手はその言葉にピクリとも反応することなく、一定の速度で歩き教室から姿を消してしまった。
・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・
二階につくと、場違いな二年生の姿に周りの一年生が視線を突き刺してくる。
自分を中心とし、その周りから一定の間隔を開け自分を見つめてくる下級生一同。
(さすがに目立つなぁ・・・でも今は丁度いいかもな。)
今はそんなことを気に病んでいる暇は無く、早速行動に移す決意を固めることにした。
守は自分を新種の生き物のように見つめている数人の女子生徒に話かけた。
「ねぇ。ちょっと聞きたいんだけど・・・音無 明菜って人のクラスわかる?」
突然見知らぬ上級生から話しかけられたということもあるかもしれないが、何故か生徒達は表情を曇らせてしまった。その眉間にはシワがより、暗黙のタブーを自分が発言してしまったような気分だ。
「え・・・音無さんに用事があるんですか?」
「ちょっと聞きたいことがあってね。」
「音無さんなら確か・・・三組だと思いますけど・・・」
「三組ね。ありがとう」
微妙に頭を上下へと振り、教えられた三組へと足を伸ばしてみる。
タイミングの良いことに、一人の男子生徒が廊下へと出て来たため、再度音無明菜と言う人物について問を投げかけてみることにした。
「ちょっとごめん。このクラスに音無 明菜って居るよね?」
「え・・・はぁ・・・」
先ほどの女子生徒と同じくして声を低くし、怪訝な顔つきになる男子生徒。
「ちょっと呼んでくれないかな?」
「いえ・・・音無さんならもうすでにクラスには居ないですよ?」
(無駄足・・・か。)
「何処行ってるのか知ってる人居ない?」
「いえ・・・音無さんはクラスでも孤立していて・・・知ってる人は居ないと思います・・・話しかけるのも怖いし・・・」
なるほど。音無 明菜と言う人物を聞いた一年生が、顔を曇らせたわけが何となくわかってきた。一匹狼を貫いているらしいな。
「そう・・・。わかった、ありがとね。」
話していた一年生は守に小さく頭を下げるとそのまま姿をくらませた。
(そうなると・・・学校中を探し回ることになるのか・・・)
一〜四階へと続く階段に腰をおろし、両腕を組み少し頭をひねってみる。
(屋上には昼休み毎日行っているから居ないことはわかるな・・・ってことは・・・学食か・・・または外か・・・。いや・・・保健室と言うことも考えられるな。)
脳内会議により、とりあえず候補が三つ上がるとそれらの場所を偵察することに決定した。
・・・・・・・
(学食には・・・居ないか・・・)
・・・・・・・
(保健室にも居ない・・・)
候補の二つが無惨にも消えさり、学内の外へと足を運んでみる。
が、いくら探し回っても目的の人物と思わしき人影は見あたらなかった。
(外にも居ない・・・と、なると・・・まさか学外か?)
一度携帯を取り出し時刻を確認してみる。
すでに昼休み終了の10分前であった。
(今はこれ以上は無理だな・・・放課後もう一度一年三組を覗いてみるか。)
仕方なく急ぎ足で自分の教室へと戻った。
キーンコーンカーンコーン・・・・
着席したとほぼ同じくして、授業開始合図が流れ込む。
これと同時に、すでに閉ざされた教室の扉が喧しく音を立て、その奥から全速力で駆け抜けて来たと思わしき粗い息を上げランが突入してきた。
そして、すでに授業の準備を終了させ、着席した状態で待機する守を一度睨みつけ、一瞬目が合ったかと思うとそのまま自分の席へと向かってしまった。
どうやら休憩時間終了ギリギリまで屋上に居たようである。
(・・・あいつのためにやってるってのに・・・なんで睨まれないといけねーんだ・・・そもそもあいつが・・・)
愚痴のような考えが頭によぎり、自分のやっていたことが無駄であるように思えて来た。
だが、何か嫌な予感がする・・・あの音無 明菜と言う人物、ランの正体を知っているだけでも普通ではない。
自分以外にその真意を調べられる『この世』の人間で居るとは思えられない。
(・・・あーあ・・・他人には関わらないようにしてきたんだけどなぁ・・・)
後悔とも取れる思考が一度頭に浮かんでる間に、教師が教室へと静かに扉を開け授業開始の礼を強要してくる。
(今は考えても仕方がないか)
そして授業が始まると同時に、机に上半身を乗せ、目を閉じた。