十三話「夢」
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自分の真下には多数の自分以外の人の形を象った存在が見える。
それが人なのか、それとも別の生き物なのかはわからないが、とりあえず人の姿形をしているので人なのであろう。
その多数の存在が存在している世界は、ビルが立ち、レストランがあり、歩道橋があり・・・そして手と手を取り合い和気藹々とここから見える町中を歩いている人々・・・。
でも・・・私はその風景を遙か上空から見つめることしか出来ない。
(ああ・・・またいつもの夢か・・・。)
私は一人、下界に映る人々を瞳に入れつつ空中浮遊をしながら藻掻いている。宇宙空間に放り出されたような姿で・・・。
地面に降り立とうとしても・・・下に位置する多数の人々は、私が降りて来ているのを見ると腕を天空にかざし、手の平を私の方向へと高々と向ける。
そうすると何故か私の体はまた遙か上空へと押し出されてしまう。
それを幾度となく繰り返す夢の中の私・・・。
だが・・・夢の中の私とは違い、今現在下界に必死に降り立とうとしている自分が出演しているテレビを見ているような私も居る・・・。
(何度見ても慣れないものだな・・・)
これはテレビを見ているような私だ。
どうやら本来の私の意識はこちら側のようである。
人々が拒むように手のひらを私へと向ける瞬間のその顔立ち・・・。
それはまさに・・・私が現実世界で人を殺す時に向けられる相手からの表情・・・。
畏怖、悲痛、憤怒・・・ありとあらゆる負の感情が込められたようなそんな表情。
(だがもう・・・慣れてきたな・・・)
この夢を見るのは何度目であろうか・・・
始めの頃・・・起きた瞬間汗だくだった自分はよく覚えている。あれほど目覚めの悪い朝は無い。
が・・・それもいつの日か無くなった。しかし、『慣れ』とは少し違うような気がする・・・。
どちらかというと諦め・・・いや、受け入れたと言うべきだろうか?
しばらくすると、見ていた下の世界が光に包まれ始めた。
外側から徐々に徐々に下界の中心へと浸透していくような黄色い閃光。
(ああ・・・目が・・・覚めるのか)
いつも見ている夢、これが終わる時はきまって瞳に入る全ての世界が光へと包まれ現実の私は目を覚ます。
(あ・・・)
すでに八割方が光りに浸透されている世界から突如、一本の腕が自分に差しのべられた。
閃光に包まれているため肘から指先までしか見えず、その腕の持ち主は確認できない・・・。
しかし、いつも私を拒んで手のひらを向けて来る腕とは異なるであろう。その腕の五本の指は私を追い出そうとしている形状とは違うような気がする。その形は私がその腕を掴んでくれることを待っているような・・・。
いつも見ている夢とは物語が異なっている。
夢の中の私はその腕を掴んで良いのか迷っていた。オロオロと首から上を左右に小刻みに震わせている。現実の私ではあり得ない仕草だと思う。
だが少したち、動かしていた頭部を停止させ腕の方向一点に目線を集中すると、夢の中の私は決心したようにゆらりゆらりとその手を握ろうと行動を始めた。
が、その瞬間に光は見えていた腕と私ごと・・・全てを飲み込んでしまった。
全ての世界が薄い黄色一色に染まる。本格的に現実の私が覚醒するようだ。
(今日は・・・いつもと少し違ったな・・・)
光から伸びた腕を掴もうとした瞬間・・・最後にその人物の顔が見えたような気がした。
ハッキリとは確認出来ず、ぼやけていたけれど・・・でも・・・その人物は・・・始めて夢の中の私に対して笑顔を向けてくれていたと思う。
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「う・・・ん・・・・・・」
朝起きたランは上半身だけをベットから起こし、少々視界がぼやけ気味の瞳を腕でこすりつけた。
ベットに腰を落ち着かせたまま行動を停止し、今見ていた夢を思い出そうと、最後に網膜へと入り込んだであろう人物を考えてみる。
が・・・いくら思考を巡らせてみても正体はわからなかった。
ふと時計の針へと目をやると、すでに七時半を示していた。
(む・・・守の奴を起こさないとな。)
そう脳が指令を出して来た時、昨夜守が理由もわからず怒っていたことを思い出した。
そのことが脳へと入り込んできてしまい、まずなんと声をかけたらよいのか考えを巡らせてみる・・・しかし、いきなり良い案が浮かぶわけもない。
考えている時間も今は無いことを思い出し、とりあえず守を起こしにやや小走りに居間へと駆けた。
が、ドアの先に広がる空間に、目的の人物の姿は無かった。居間の出入り口の前で体の動きを停止し、首を左右へと動かし人影が無いものかと探してみるが、それも虚しく終わりを迎えた。
食卓の方へと目を向けると朝食が一食分用意されているのが目につく。
それとは別に、もう一人分の食器がすでに洗浄されているところを見ると自分の分なのであろう。
用意された自分の物であろう料理の前に足を運び、上からそれを凝視してみる。
が・・・それを食べる気にはなれなかった。
昨日、確かに守は怒っていた。それは多分自分が原因で、何かしらをやらかしてしまったからであろう。
そんな人物が自分のために朝食を用意などしてくれているであろうか?
もしかしたら他人の分なのでは無いだろうか?
そう思いながらもとりあえずは守が家にまだ居るのではないだろうかと探してみる。
トイレ、風呂場、空き部屋、そして玄関。
が、靴が無いところを見ると先に行ってしまったらしい。
「何であいつは怒っているのだ・・・私が何をしたというのだ・・・?」
ボソッと独り言を口走ってしまう。が、一人の時でも無表情のままのラン。
少しの間、直立したまま考えるが・・・起きてから二度目の時刻確認をするとすでに8時五分前であった。
それに驚き、急いで仕度をすませもう一度居間を確認する。
やはり誰も居ない・・・が、それと同時に再度朝食が目に入る。
ランは迷ったすえ、それを立ち上がったまま急いで口に運ぶと家を飛び出した。
(何故怒ったのか学校で聞いてみるか・・・)
少々朝の空気が冷たかったが・・・それが気持ちよかった。