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杯の召喚士  作者: 遥那智
第1章
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第6話 条件付きの召喚士

 リノの言葉を待ち望んでいたかのように、2つの腕輪はお互いの元でひときわ強い光を放った。

 リノの手の平にある腕輪は形を伸張させながら軽く宙に浮くと、リノの手首を包み、ややしてぴったりとそこに嵌まった。

 そしてそれが合図であったかのように、目を開けていられない程の光が収束していく。

 徐々に拓けて来た視界にロティの姿を捉えると、その顔にはもう涙も迷いも浮かんでいなかった。

 「もう大丈夫です!リノさんも精霊獣さんも、必ず助けますっ!」


 その間に、辺りの紫苑の靄は松明を振り回せばかき消されてしまう程に薄くなっていた。

 「もっと魔力を注ぎ込め!精霊獣をしっかり縛れっ!」

 腕輪が発したまばゆい光は周りの盗賊達にも届き、その尋常ではない様子に気付いた頭目も、声を荒げもう1人の精霊士にそう叫ぶ。

 ロッドを持つ手に力を込め直した頭目と精霊士の動きに合わせ、その目から自我の光が消えた精霊獣は、再び鼻頭に深い皺を刻むと戦闘態勢に戻った。

 ロティはそんな精霊獣を見つめながらリノの前に歩み出ると、精霊獣と向かい合い、静かに両手を胸に当てた。

 そして意を決したかのようにその瞳を閉じ、すぅ、と大きく息を吸う。

 

 「古の血の盟約に従い、我が声に応じよ」


 ロティの一言でその場の空気が一瞬にして変わった。

 キィンと耳が痛くなるほどの張詰めた空気の中、今までとは違う、凛としたロティの声が音叉の響きのように不思議な旋律を奏でた。

 と同時にその足元に、精霊魔法とは違う緻密な模様の施された光の魔法陣が浮かび上がり、その暖かい光がロティを照らした。

 そこにステラのぬくもりを感じた気がして、心の隅でずっと抱えていた孤独感がふっと軽くなったような気がしたのだった。

 ──大丈夫、独りじゃない

 もう一度、大きく息を吸う。

 

 「大地を護りし四大精霊ノーミードの名に於いて命ず

 我が前に姿を現し、儚き現世に息づく露命を護る盾となれ」


 ゆっくり見開いた瞳は、サファイアの蒼から、闇夜に神々しく浮かぶ月のような白銀色へと変わった。


 「──出でよ、護りの精霊獣オブシディアンサーペント!!」


 足元の魔法陣が一際強く輝く。

 そしてロティの頭上高くまで光の柱を伸ばすと、1点に集中し大きな光の珠の形を成していった。

 「グオォォォォォォォォ!!」

 獣の叫びのような、しかしそれより遥かに覇気と威圧感を帯びた激しい咆哮を轟かせながら光の珠の中から現れたのは、万物の根源である四大精霊の一人『大地の ノーミード』に仕えし黒鉄の大蛇──精霊獣オブシディアンサーペントであった。

 1枚1枚が黒曜石のように滑らかに輝く鱗を身に纏い、ロティの頭上で螺旋を描いて神秘的に浮かぶその精霊獣は、静かにロティを見下ろす。

 ロティはその視線に応えるように見上げると、胸に置いた手にぐっと力を込め「力を貸してください!」と力強く言った。

 オブシディアンサーペントは、心得たとばかりに一瞬天高く体を伸ばした後、急降下し周囲の木々をなぎ倒しながら、盗賊達の前を猛スピードで横切って行った。

 誰もが、鼻先を掠め通り過ぎていった大蛇に腰を抜かし、その場に無様に尻から崩れ落ちる。するとその下半身が、まるで布にじわじわと水が染みていくかのよう に、つま先から石化していったのだ。

 「わ、わあああああっ!助けてくれ!!」

 下半身が完全に石化し、逃げる術を失った盗賊達の悲鳴が辺りに響く。

 オブシディアンサーペントは周囲の盗賊達を一通り足止めすると、ロティから自分へと矛先を変えたもう1体の精霊獣に、その体をうねらせながら向かった。

 ボルケイノハウンドも迎え撃つように空中に飛び出し、その爪をオブシディアンサーペントに振り下ろす。

 しかし大蛇の鱗は一片も欠ける事なくその攻撃をするりと受け流すと、ボルケイノハウンドの体に蔦のように巻きつき、動きを封じた。

 格上の精霊獣、しかも鉄壁の防御を誇る「護り」の大蛇である。高い攻撃力を持つ巨大な狼の牙と爪も、その堅牢なる鱗の前では形無しであった。

 自分は夢でも見ているのだろうか──この光景を見た誰もがそう思うだろう。

 満月を背景に絡み合う2体の精霊獣の姿は、一瞬恐怖心すら忘れさせる程に美しく、ひどく現実離れしていた。そもそも精霊獣同士の戦いなど稀有な事である。

 「本物の……召喚……士……」

 大蛇の石化からは免れたものの、その場から動くことができないでいた頭目は、恐怖と驚愕が入り混じった震えた声で、かろうじてそう呟いた。

 油の注されていない機械のようにぎこちなく首を回し、神々しい光の中で大蛇を操る少女の小さな体を見つめる。隣で同じように呆然と立ち尽くしている精霊士 も、その光景に身動き一つできないでいた。

 「過ぎたる力は身を滅ぼす……先人は上手く言ったものだ」

 いつの間にか2人の後ろに立っていたリノは、剣を大きく振りかぶりながら、面白くも無いと言った風に無表情でそう言う。

 「ぎゃあああああああ!!」

 そのまま斬り捨てるかと思われたが、振り下ろす瞬間にくるりと剣の向きを変えると、柄で当身を食らわせた。

 2人は白目を剥き、泡を吹きながら膝から崩れ落ちたが、自分の最期を覚悟した恐怖の瞬間だっただろう。

 リノとしてはこんな事で腹の虫が収まる筈もなかったが、私情で動くわけにはいかない。

 拉致した精霊士の行方、盗品の隠し場所や残党の居場所……そして何より、いつ、どうやって精霊獣を手に入れたか、聞きたい事は山程ある。

 ぶんっと剣を一振りし腰の鞘に戻すと、ロティに事が終わったことを告げるように視線を投げた。

 ロティはその視線に気付き、微笑みながら小さく頷く。

 召喚士の血筋の者は、押しなべて美しい者が多いと言う。ロティも幼さが残る外見とは言え、魔法陣の中心で神秘的な光を纏い佇む姿は、月の女神を思わせる程に 美しかった。

 美しい女性など胸焼けする程相手にしてきたリノですら、その様子に一瞬見惚れる。

 しかしすぐに我に返るとバツが悪そうに軽く咳払いし、ロティから視線を外しながら頷いて返した。


 ロティはリノ側の「処理」が終わった事を確認すると、降って来る何かを受け止めるかの如く、両手の平を空へ向けた。

 その動きに応じ、するりと縄が解けるようにオブシディアンサーペントの長い体がボルケイノハウンドから離れる。

 「還御」

 静かに告げられた言葉に合わせ、大蛇の内側から鱗の合間を縫って、魔法陣と同じ金色の光が漏れ始めた。

 ゆっくりとその光が尾の先まで染み渡ると、夜空に星の川のように浮かんでいた長い光の束は弾け、無数の小さな光の粒がロティの下へと吸い込まれていった。

 感謝と敬意を込め、深くお辞儀する。それは小さい頃から何度もステラに言われた事だった。

 精霊獣が力を貸してくれている事を忘れてはならない。その強大な力を自分の物と勘違いしてはならない。「奢るなかれ、感謝の心を忘れるなかれ」と。

 「さあ、おうちに帰りましょう」

 そしてロティはもう1度上空へ顔を上げると、大きく手を広げ、残った精霊獣に向け笑顔で言った。

 ボルケイノハウンドは上空で一鳴きすると、小さくお辞儀するような形をとり、嬉しそうな軽やかな足取りで、ロティの胸へと駆けた。

 優しい光がその大きな狼の体を包むと、たちまち光の粒となり、先程と同じようにロティに吸い込まれるように消えていった。

 自分の胸元に溶けていった2体の精霊獣の余韻を感じながら、愛しそうに胸に手を当てる。

 「よかっ……た……」

 と同時に張詰めていた糸が切れたかのように、ロティの体から力が抜けた。自立することを放棄したその体は、前のめりに宙に投げ出される。

 「ロティ!」

 リノは慌てて駆け寄り、ロティを抱きとめた。

 先程まで人間離れした様子を見せていた少女は、自分の腕の中で弱々しく息をする、ただの柔弱な少女に戻っていた。

 「リノさ……ごめ……さ……」

 小さな唇を懸命に動かし、何かを伝えようとしているが聞き取れない。

 「しっかりしろ!」

 抱き起こし、そのか細い声を聞き逃すまいと顔を近付けたリノの耳に届いたのは──

 「おや……すみなさいぃぃ……」

 「……」

 改めてロティの顔を見たリノに、すぅすぅとその健やかな寝息が届く。

 一瞬脱力しロティを落としそうになったが、リノはくっくっと肩を震わせながら笑った。

 「本当に、君はどこまで読めないんだ……」

 声を出して笑うのは何年振りだろうか。肩や背中の痛みも忘れひとしきり笑うと、リノはロティを抱いて立ち上がった。



 「あら……ボルケイノハウンドの気配が消えたようですわ」

 豪華なシャンデリアに立派な暖炉を備えた、いかにも貴族然とした部屋で、大きな窓から外を眺めていた女は不機嫌そうな顔でそう言った。

 妖艶。ストレートの黒髪をサラリと揺らしながら振り返ったその姿を言い表すのに、これ程しっくりくる言葉はない。

 「エサが用意できずに消滅させたか。どこまでも使えないやつらだったな」

 その女の視線の先で、真紅のビロードのソファに気だるげに体を預けていた男は、虚空を見つめたまま、無表情でそう返した。

 女は「魔力が尽きたというよりも……」と言い掛けたが、そんなハズはないと軽く首を振ると「それにしても、貴方様があそこまでお膳立てして差し上げたものを 無駄にするなんて」と忌々しそうに続けた。

 「まあ、いいさ。精霊士如きでは何人集まっても精霊獣の維持すらままならない事はわかった。……また他の方法を考えるまでだ」

 そして冷淡な表情に微かに唇の端を吊り上げ「後始末は任せた」と付け足す。

 女は短く「仰せのままに」と答えると、ふっと掻き消えるように部屋から姿を消した。

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