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杯の召喚士  作者: 遥那智
第1章
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第2話 貧乏くじと騎士

 今日はツイてない。

 職場に戻ったアリアスは、カウンター越しに、自分の目の前でぎゃんぎゃんとわめく男を横目にそう思った。

 ここは、アリアスの勤め先である王立職業斡旋所。

 城や一般人からのありとあらゆる依頼を取りまとめ、その依頼を遂行できる人間に割り当てるための機関である。

 自分の目の前で真っ赤な顔で怒鳴り散らしている、見るからに柄の悪そうなこの男も、仕事を探しに来た一人だ。

 「だからなんで傭兵のオレ様が、お貴族様の迷子ネコを探さなきゃいけねーのかって聞いてんだよ!そういうのは生活課の方で回される仕事だろうが!」

 「ですから何度も申し上げているように、今貴方にご紹介できる仕事はこれくらいしかないのです。このネコちゃんは気性が荒いらしくて傭兵課に回ってきたんですよ。腕の見せ所ですね」

 優しげな声色で諭すように語り掛けてはいるが、その表情は完全に無表情である。

 男の方はと言うと、もちろんそんな対応に納得がいく訳もなく、先程から何度も同じ内容を繰り返すアリアスに、今に掴み掛かりそうな勢いで怒鳴り続けていた。

 「ふざけやがって!!!」


 王立職業斡旋所には2つの窓口がある。1つは『生活課』。

 こちらは袋貼りや布縫い、露店の売り子募集など、一般人向けの生活に根ざした仕事が回される。

 そしてもう1つが、アリアスも窓口を担当している、この『傭兵課』である。

 モンスターや盗賊退治などの物騒な依頼が殆どで、腕っ節の強い傭兵達が集まる。

 しかし、一口に傭兵と言ってもその実力は様々、星の数程いる『自称・腕利き』達に

相応の難易度の仕事を割り振る指標となるのが「国家資格」という制度であった。

 国家資格を持つ傭兵は「従士」となり、更に従士として一定の功績を挙げた者に「騎士」の階級が与えられた。

 より難易度の高い依頼や、国直下の重要な任務には全てこの「騎士」階級の者達が当たった。

 もちろん階級が上がるほど割りのいい、いわゆる「おいしい仕事」も回されるため、ほとんどの傭兵は従士、はたまた騎士を目指して日々鍛錬しているのである。

 当然、ただの傭兵は腐るほど存在しており、底辺に行くほど仕事の取り合いは激化する、というわけだ。

 元々気性の荒い者達が多く訪れるこの課で、今回の男のように、自分の力量不足は棚に上げ、受付で騒ぎを起こす者は珍しくなかった。それを上手くやり過ごすのもアリアス達受付係の仕事の一環である。

 こうやってごねた所で良い仕事が与えられる事は無いというのに、毎回無駄な時間を過ごしていることに、何故気がつかないのだろうか。

 みそまで筋(肉)とはよく言ったものだ──


 しかし、アリアスは別にこの男のことで頭を悩ませているわけではない。

 (彼女をどうしたものか……)

 先程声を掛けてしまった少女の扱いについて思案していたのだった。

 お金がないというシャルロットを、大荷物ごとあのまま放っておくわけにもいかず、せめて何か仕事でもあればと、とりあえず自分の職場まで連れ帰ったまでは良かったのだが。

 同僚達には「職場にナンパした子を連れ込むなよ」と盛大にからかわれ、その様子を見ていた現在攻略中のガールフレンドは、怒って今晩の食事の約束をキャンセルしてくる始末。

 そんな苦労を知らない当のシャルロットは、長旅の疲れからか、職員用の休憩室でくぴくぴと眠っている所だった。

 しかしアリアスがシャルロットを連れ帰ったのには、もう1つ理由がある。詳細を確かめる時間はなかったが、『精霊士』であるらしいからだ。

 王立職業斡旋所は各地にあれど、本部であるここですら、精霊士の登録はそう多くはない。従士や騎士など危険な任務に赴く者が、パートナーとして精霊士を求めている姿も珍しくはなかった。

 それに今は精霊士を名乗る者を放っておけない「ある問題」も発生している──。

 もう1度大きくため息をつく。

 「ちゃんと話聞いてんのか、兄ちゃん!!!」

 と同時に、先ほどから怒鳴り続けている男が、更に顔を真っ赤にして、バンッ!とカウンターに手をついた。沸騰したヤカンよろしく、頭から蒸気が噴出しそうな勢いである。

 「あ、まだいらしたのですか」

 男の存在を完全に忘れていたアリアスは、馬鹿正直にそう言った。

 これにとうとう何かが切れてしまったのか、男は手を振り上げながらカウンターから身を乗り出してきた。

 「この……っ」

 「いい加減にしろ」

 バシっという鈍い音が当たりに響く。

 振り上げた男の手が、いつの間にか後ろに立っていた男にがっしりと掴まれた音だった。

 そしてそのまま後ろ手にねじり上げられる。

 「い、いてててて……っ!」

 「リノじゃありませんか、よく来てくれましたね」

 アリアスは満面の笑みを浮かべ、嬉しそうな声でそう言うと、男の手をねじり上げている青年──リノに視線を送った。

 リノは更に男の手をねじり上げ、その耳元で言葉を続けた。

 「負け犬の遠吠えとはまさにこの事だな。ここで喚いている暇があるなら腕の1つでも磨いたらどうだ」

 呆れた口調でそう言うと手を解き、男の背中を入り口の方へと突き飛ばした。

 男は一瞬よろめいたが、すぐに体勢を立て直すとリノに向き直り、ありったけの眼力で睨んだ。

 しかし、よくよく観察してみると、えもいわれぬ威圧感を放つその男・リノの腰には、騎士にしか帯刀が許されていない剣が見えるではないか。

 「くそ、騎士かッ……!」小声でそう言うと、慌ててその場から逃げていった。


 「助かりましたよ、さすが騎士様」

 その様子に、アリアスは拍手をしながら笑顔で語りかけた。

 「……」

 このアリアスは女性にこそ紳士的で優しいが、男相手には愛想笑いのひとつもしないような男である。それは旧知の仲であるリノに対しても同じだ。

 それが満面の笑みで自分を迎えているとなると──

 「用事を思い出した、出直す」

 恐らく面倒な仕事を押し付けられる。

 一瞬でそう悟ったリノは、片手を軽くあげてそう言うと踵を返した。

 「いやいやいやいや、冷たいなあ君は。ゆっくりして行ってください、紹介したい仕事もあるんです」

 これに慌てたのはアリアスである。とても一介の事務員とは思えない身のこなしでひらりとカウンターを乗り越えると、慌ててリノの前に回りこんだ。

 珍しく必死な様子のアリアスに、リノは一層身構える。

 「騎士なら他にもいるだろう」

 「君ほどの騎士はそうそういませんよ」

 そう言う顔には「逃がさない」という気合が込められている。なんとか帰ろうとするリノの行く手を遮りながら、びしっと手の平をリノの顔の前に突きつけた。

 「5人です、5人。君が別件で王都を離れていた1カ月間に行方不明になった精霊士の数です」

 「……なんだと?」

 リノの目に鋭い光が宿る。アリアスはそれを確認すると「とりあえず話を聞いてください」とカウンターに目をやり、リノを促した。


 「1カ月程前ですが、城からある盗賊団についての調査依頼が入りました。前々から存在は確認されていた賊ですが、最近特に活動が活発になってきたようです。それで我々傭兵課は、ある従士とそのパートナーである精霊士の二人にその依頼を任せたのですが」

 そこまで言うと数枚の登録証をリノに渡し、説明を続けた。

 「その翌日、従士は町外れの廃屋で死体で見つかり、精霊士は行方不明になりました」

 渡された登録証に目を通していたリノは「分不相応だっただけだろう」と、事も無げにつぶやく。

 「ええ、そう判断した我々も依頼を下ろす先を慎重に選んだのですが、やはり二組目も精霊士だけが消え、騎士は死体で。その頃から依頼とは関係のない所でも精霊士が行方不明になるという事件が発生するようになりました」

 リノは眉間に深く皺を寄せて話を聞いている。

 「事態を重く見た王は、精霊士一人で出歩かないよう御布令を出され、我々もそれ以降は騎士に調査を依頼することにしたんですが……そうすると出て来ないのですよ、奴らは。あくまで用があるのは精霊士だけのようです。

 それにこの盗賊団はそこまで危険視されるような一団でもありませんでしたし、何故短期間でここまで成長してしまったのか、何が起こっているのか全く見当がつかないのです。

 しかしこれ以上我々としても犠牲者を出すわけに行きませんし、もちろん放っておくわけにもいかない。君が最後の切り札なんです」

 アリアスが「切り札」と言う通り、リノは王国でも名うての騎士であった。

 元は騎士の最高位であり、貴族出身の者しか配属されない「近衛騎士」として城勤めをしていたのだが、自ら城を去ったという変わり者である。

 「事情はわかったが、精霊士しか狙われないのならば私にも何もできん」

 アリアスはその言葉を聞くと「わが意を得たり」と満面の笑みを浮かべ、リノの肩をバンバンと叩いた。

 「そこは任せてください、君に紹介したい精霊士がいるんです!」

 スキップでもしそうな足取りでカウンター裏の休憩室へと走って行くと、1分もしない内に、誰かを後ろに従えて戻ってきた。


 「さ、君のパートナーです、自己紹介を」

 そう言われ、ひょっこりとアリアスの後ろから顔を出したシャルロットは、カウンターに頭をぶつけそうな程勢いよくお辞儀すると、頭を下げたまま一気に自己紹介した。

 「は、はじめまして!シャルロット・ベル・ブリュノーと言います!い、一応精霊士です!みんなからはロティって呼ばれていますっ……!」

 聞かれてもいないのに、ご丁寧に愛称まで説明する。

 「あ、あれ!?」

 しかしロティが顔を上げるとそこには既に2人ともいなかった。

 遥か前方、入り口付近でジリジリと鬼気迫る顔で競り合っている最中である。

 「あんな少女を囮に使えとは、フェミニストが聞いて呆れる。私は帰るぞ」

 「敵の狙いは精霊士ですよ?あんな可憐な少女精霊士を一人で放っておいたら、遅かれ早かれ捕まってしまうに決まっているじゃありませんか。ならば君と一緒にいるのが一番安全です。

 君こそ見捨てるというんですか?あんな年端も行かない可哀相な少女を!」

 2人は尚も小声で言い合う。

 「そんなに心配なら家にでも閉じ込めておけ」

 「それが彼女、一人で田舎から出てきたばかりでお金もないらしいんですよ。きっと人には言えない苦労をしてきたんですよ……。

 君が彼女とパートナー登録をしてこの依頼を受けてくれれば、支度金も渡せるし彼女の身の安全も確保できます。何より君も任務に取り組みやすくなって全てが丸くおさまるじゃありませんか!」

 確かにアリアスの言っていることは筋は通っているのだが、だからと言ってこんな少女のお守りをするのは御免だ。


 「あ、あの、ごめんなさい、やっぱり私なんかじゃダメ、ですよね……」

 いつの間にか2人の後ろに立っていたロティは、リノのマントの端をぎゅっと握り締めながら、半泣きの顔で見上げた。

 その様子に、一瞬リノもひるむ。

 アリアスはその隙を付くと、リノの手を掴み、右手に隠し持っていた契約書にぐっと押し付けた。

 「ばっ、やめっ……!!」

 魔法処理を施されたその契約書は、淡い金色の光を発すると、中央にリノの手形を吸い込み、一層輝いた。

 呆然と眺めているリノとロティの前で、その最後の行に「遂行中」の文字を浮かび上がらせたそれは、ひらひらと床に舞い落ちていった。

 「契約完了ですね」

 アリアスは契約書を拾い上げながらそう言うと、にこにこしながらリノに差し出す。

 正式な契約締結の証である。こうなってしまっては依頼を完了させるか、莫大な違約金を支払わなくては契約は解除されない。しかも個人都合の解除となると、当面の間の依頼停止など、痛いペナルティも発生する。

 「アリアス……」

 リノは怒りで肩を震わせているが、時既に遅し。

 ロティは何が起こったのかわからない、と2人の顔を見比べることしかできず、アリアスは悪魔のような妖艶な笑みを浮かべている。

 端から見ると奇妙な組み合わせの3人だが、兎にも角にも、アリアスの健闘により、本日新たに騎士と精霊士のパートナーが誕生した。

 ──この王国の行く末に大きな影響を及ぼすであろう出会いだが、それに気付くのはもっともっと後の話である。


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