正直言われて困ります
犯罪を推奨、教唆するものではありません。
ここは、水底が女神の世界と繋がる聖なる泉。
いつぞや、鉄の斧を泉へ落としてきた正直者のきこりには、
誠実に生きている褒美として金の斧、銀の斧を渡してやった。
女神はまどろみながら上に揺らめく水面を眺めていたが、
そこに波紋が生じると何かがゆっくりと沈んできた。
…なんというか、これは一般に『棺桶』というものじゃなかろうか。
規定に基づいて処理するなら、褒美に金の棺桶と銀の棺桶を渡すんだろうか。
などと考えつつも、女神の権能で金銀の棺桶を複製し、泉に顕現する。
このあたり事務的作業なので、中身など気にも留めなかった。
泉のそばには、一人の娘が立っていた。
自分の質問にどう答えてくるか、と思いつつ、女神は娘に問いかける。
「ようこそ。わたくしは、この泉に住まう女神です。
あなたが泉に落としたのは、金の棺桶ですか?それとも銀の棺桶ですか?」
娘の回答は、
「わたしの両親を手にかけたゲス野郎の入った棺桶です。
というか、落としたわけじゃなくて沈めたんです。
二度と浮かんでこないように酔っぱらわせて縛り上げて」
思ってたよりかなりハードな答えが淀みなく返ってきた。
そう言えば中身確認するの忘れてたな…。
女神アイで沈んできた棺桶の中身を透視してみた。
中には確かに寝息をたてている縛られた無精ひげの男が入っている。
どうしたものだろうか。こんな場合のマニュアルなどなかった。
娘は正直に答えているし同情する面もあるが、犯罪者である。
通常なら元の棺桶に金の棺桶と銀の棺桶を渡してやっておしまいだが、
元の棺桶返されても困るだろうし、こちらも引き取りたくない。
しかし規定は規定。セオリー通り進めて後は無視で行こう。
「あー、あなたは正直な人間ですね。
その誠実さに報いて、元の棺桶と金の棺桶と銀の棺桶をあげま」
「えっ困る」
食い気味に断られた。いや、女神としてもこんなの困る。
第一、落としたというか沈めたって言ってたし、不法投棄では。
「…あー、あなたは正直な人間ですね。
その誠実さに報いて、元の棺桶と金の棺桶と銀の棺桶をあげ」
「嫌です」
聞かなかった事にして押し切ろうとしたが、また即答された。
「とにかく規定に基づいて三つとも棺桶あげますから!
もらってくれないとこちらも困るんですよ!」
やや声を荒げて、女神は岸辺に三つの棺桶をドンドンドンと置く。
何か言おうとしている娘を無視して、早々に水底へと戻った。
戻って女神は長い溜息をつく。
と、また水底へ何かが沈んできた。
…さっきの棺桶である。もちろん金製でも銀製でもない。
沈んて来た以上、泉の規定は守らねばならない。
女神は頭を抱えつつも、また金銀の棺桶を複製して泉に顕現した。
予想通り、さっきの娘が待っていた。
女神は内心の苛立ちを抑えてマニュアルトークを繰り返す。
「ようこそ。わたくしは、この泉に住まう女神です。
あなたが泉に落としたのは、」
「それもういいですから」
「最後まで言わせてよっ!
…コホン、ようこそ。わたくしは、この泉に住まう女神です。
あなたが泉に落としたのは、金の棺桶ですか?それとも銀の棺桶ですか?」
「…えーと、また同じこと言わなきゃならないんですね。わかりました。
『わたしの両親を手にかけたゲス野郎の入った棺桶です。
というか、落としたわけじゃなくて沈めたんです。
二度と浮かんでこないように酔っぱらわせて縛り上げて』
…これでいいですか?あ、元の棺桶はわたし絶対いりませんので。
女神様が責任をもって処分してください」
「イヤよそんなの!わたくしだって押し付けられても困る!」
女神にとっては、人間の生死や倫理観など取るに足らないものではある。
だが、積極的に人間の生死を左右したいわけでもないのだ。
もしも。
娘が最初に嘘の証言をしていれば、元の棺桶はすぐさま処分できたのだ。
その場合は棺桶の中身を確認することもなく世界から消滅させただろう。
だが、彼女は事実を話してしまった。
この解決策は泉の規定で教えられない。
結局。
妥協案として、女神は娘の行為の片棒を担いだ。
ここでもめ続け、娘に何度も何度も棺桶を沈められてもかなわない。
夜中を待って一人と一柱で棺桶を運び、無縁墓地に埋めることになった。
娘は女神に頭を下げながら、金銀の棺桶2セットを荷車に乗せて去っていった。
精神的な疲れを感じつつ、やり終えて水底へ戻った女神。
ふと思った。
「金銀の棺桶にも、やっぱり金銀の中身が入ってたのかな?」
女神は娘が持っていった棺桶を中身など見ずに鋳つぶすよう願った。
また沈めに来られてもイヤだし。




