居室
新生命宮に跳ぶ時点で、わたしはコスミアと行先を分けられた。新王となるわたしにはミトラの群衆が待ち構えており、一方のコスミアにはおそらく家族が待っている。一度に同じ筐に出るわけにはいかないのだ。
新王選定委員会に属しているのか、それとも委員会所属の誰かの従者なのか、実直な感じの高位市民の男性が、わたしを仮の住まいへと案内してくれている。持ち主がない部屋は、玄関にあたる筐が機能しないようになっていることを初めて知った。面倒でもその階の公共の筐から通路をたどって行かなければならないのだそうだ。
わたしは王都に住まいを持っていない。未成年のうちに王族だった父を喪ったわたしは、同時に王宮内に住まう権利を失った。母は生まれ持っての予知能力者であり、わたしがまだ歩くことも覚束ないうちに予知夢の世界にもどっていた。父に望まれて母親になること自体、素晴らしい僥倖であったとしか言いようのない母の人生にとって、それは仕方のない運命であった。父が何を思って賢者の年合い(*1)になってから子を持つつもりになったのか、しかもなぜ相手がトエラルカだったのかは、ついぞ訊く機会がなかったが、これもまた彼の中で仕方のない予定調和だったのだろうと思う。父は限りなくわたしに優しく、そして大多数の王族と同じく謎に満ちていた。未成年のころのわたしには、まだ予知能力はなかった。
孤児同然になった私の庇護者として名告りを上げたのは、セレタス王ライラーザ・エノワスだった。当時の彼はまだ即位してほんの10年足らず、予言の書の「若き4人の王」の一人と言われ、リゼア系4惑星を統べる連邦大公の座を先のキナン王より受け継いだばかりだった。彼は自身の予知能力でわたしが将来自分の配偶者となることを予見したという理由で、既に生前の父に了承を得ていると言って、こともあろうに公にわたしを引き取ると言いだした。
だが人生が途方もなく長いこのリゼア系においては、未成年者の養育についての法の規定は厳格であった。子どものわたしは彼とは確かに面識があったが、10歳になるやならずのわたしにとって、彼は許婚者というより父の友人、という程度の認識でしかなく、もちろん父から何か聞かされたこともなければ、記録された父の意思もなかった。セレタス王の意思は退けられた。「片親は存命であるというのに、赤の他人に引き取られる理由がない」と。
確かに母は生きているが、数年に一度、せいぜい数十日間一緒に暮らせるかどうかの人である。それでも母が存命であることを理由に、わたしは新生命宮第2室、すなわちトエラルカの暮らす世界に引き取られたのだ。名目上の保護者として署名したのは、トエラルカの長である銀海の宮だった。すでに500歳近い長命の銀海の宮は予言書の守護者として、全リゼア人から神のごとく思われていた存在であった。もちろん肝心の母はそのとき目覚めていなかった。
学校だけは相変わらず18番教育都市の王族ゆかりの子どもたちのクラスに通っていたが、それ以来わたしは世間で「宮の公女さま」とよばれるようになった。両親のどちらかか、そのお付きの者が送り迎えをするのが通例の王族クラスで、わたしはひとりで一般用の筐の操作をしてどこの王宮でもない新生命宮へ帰る生活をしていたからだ。
銀海の宮は、子どもの世話をする専任の人手が必要だという世間の常識を知らず、まわりは畏れ多くて誰もそれを言上できなかった。世俗のあれこれに振り回されることは、銀海の宮の何よりお嫌いなことであり、少しでもお気に障れば烈火のごときお叱りを覚悟しなければならない。そしてわたしはというと、この頑固爺の目をかすめるようにして、一人でほころびが出ないように立ち回って暮らしていた。衣食住の世話は大勢いる銀海の宮のお付きの誰かが都合してくれた。そうやって私は15歳の誕生日、成人を迎えたのだった。
― こちらで。
案内の者は目を伏せたまま、扉を開けて脇に寄った。無造作に入ったわたしは、無作法にも声を上げそうになった。
豊穣の壁。
祝宴のごちそうを乗せた皿が限りなく続いているさまを表したというその図柄は、どこの文化圏においても受け入れられやすい単調なものだ。だが、わたしにとっては、これくらいいやな思い出のある図柄もない。
― ちょっと、これ…、何なのこの部屋!
― は。……お気に障ることがありましたら直ちに別の
― 替えて。この壁の部屋は不愉快。
― は。……畏れながらお気に召さないものが壁の織物でございましたら、これは空き部屋すべてに共通の仕様でございますので、別の織物に替えるのは容易で。
― なら早く!
本当にあっという間に新しい壁用の織物が次々に並べられ、好みを尋ねられる。一つ選べば内装はすべて合うように調整するという。昔お父様と暮らした部屋はどんなだっただろう。記憶を頼りに落ち着く色合いを探す。あれだけは、あの部屋と同じだけは、絶対に嫌だ。
― どういうことです。なぜいまさら…
!!中に誰かいる? なだれこんだ一般市民の作業職の人々に抗議する者がいる。ほこり除けの新品の粗布が広げられた後から臨時の静寂塔が持ち込まれて、ふっと人々の気配や物音が消える。
― どのくらいかかるもの?
― 聞いてまいります、お待ちを。
案内してきた者が室内に入ると、入れ替わるように一人現れた。これが中にいた者だろう。まだたいして年のいってない女、階級は高位市民。
― お久しゅうございます、新王陛下。
― だれ? あなたなんか知らない。
― 見覚えいただいておりませんでしたか。
― わたしがミトラで暮らしたのは7年も前なのよ。まだ子どもだったの。
―それは失礼をいたしました。わたしはエルクリーズ・ウォダント、先のミトラ王にゆかりの者でございます。
なるほど。得心がいった。思い出した。この女は先のミトラ王が同性の王配(*2)にせがまれて生ませた娘。ウォダントは王配の姓だったはず。たしか先王だか、王配だかのお付きをしていて、一時はセレタス王の寵妃と噂があった人。ふうん、セレタス王の使いっ走りか。
― あの人…ライラーザ様とはお呼びにならないのですね。
読まれていたことに気づかなかった。ずっと外宇宙にいてテレパシーを警戒しない癖がついていたらしい。油断した。ひと呼吸おいておもむろに返事する。
― わたしは王よ。今更あの人とどんな関係にもならない。
― 失礼を申し上げました、王。このお部屋の支度は私がいたしました。当面のみの御座し所でございますので、どうぞご容赦を
つまり当面のわたしの不快感の矛先は彼女で間違いないわけだ。何を考えてあの不愉快な記憶と同じ見た目の部屋を作らせたのか知らないが、なつかしがらせようっていうんならとんだお門違いだ。いや、というわけでもないか。空き部屋の共通仕様だと言ってたっけ。
「一夜限りの部屋ですからね。」
そうね、あの時もたしかそう聞いた。たぶんここもそういう使い方をするために作られているだけ。誰が悪いわけでもなく。
― お待たせいたしました、王。どうぞお入りいただきまして、お寛ぎを
― もう終わったの!? さっきの人たちは?
― ここの筐からは出ることはできるのでございます、王。
先ほどと印象が一変した部屋で、わたしは一人っきりになると、いつものくせで四重のセンサーを張って異体のまま眠りに落ちた。
*1 賢者の年合い 生きることに己が倦むまで生き続けることが可能なリゼア人は、彼らの年齢で15歳で成人し、三百から五百歳の齢を生きる。おおよそ二百歳をすぎたころから「賢者の年合い」と言われ、人生を味わいつくした者として年寄り扱いをされる。実際はこれまでになかった新たな創造に向かう人が多く、階級を問わず技術や芸術の分野で文字通りの老師と目される人々が多い。
*2 王配 王の配偶者。リゼア星系の文化にはいわゆる結婚とか夫婦とかいうものはなく、未成年の子を育てている間のみ、その養育にあたる2人以上の成人が「親」としての義務を負う者として認知されるのみである。王と同居する同性異性の愛人がいようといまいと、あるいは複数人あったとしても、それは王の私生活であって王その人の資質や業績になんらの影響はないとされる。王配を含む王の家族についてはもっぱら噂話の対象でしかない。




