表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

第四話 長屋の用心棒

 長屋の朝は騒がしい。

 井戸の滑車がきしむ。桶を置く音。

 洗濯物を叩く音。子どもが走り回る足音。


 それが今――妙に静かだった。


 俺は箸を止めた。味噌汁の湯気が立っている。

 向かいの光太郎も箸を止めていた。


「静かだ」


 重俊が飯をかき込みながら眉をひそめる。


「確かに妙だな」


 井戸の音がない。子どもの声もない。

 俺は椀を置いた。


「見てくる」


 刀を腰に差す。光太郎が立つ。

 重俊も当然のように立った。


「拙者も行く」


 戸を開ける。

 路地はしんとしていた。

 歩きながら俺は光太郎を見る。


「まさか……あれをやるのか」


 光太郎が眉を寄せる。


「まさか。まだ昼間だぞ」


 俺は小さく息を吐く。


「それならいい」

「なぁ、もどき」

「なんだ」


 光太郎は真顔だ。


「お前は我を馬鹿だと思っているのか」

「思っ――」


 重俊が横から割り込む。


「待て」


 俺は顔をしかめた。


「……ったく、最後まで言わせろ」


 重俊が路地の先を指した。


「客だ」


 長屋の入口。男が五人いた。

 裾をまくり、腰に長ドス。

 一人は短刀。他所の地回りだ。


(権蔵が怒るぞ、こりゃ)


 俺は肩を回した。


「朝から元気だな」


 顔に傷のある男が笑う。


「ここが権蔵の島だろ」

「知ってて来たのか」

「だから来た」


 長ドスの柄を叩く。

 光太郎が腕を組んだ。


「面倒な連中だ」

「てめぇは何もんだ」


 光太郎は首を傾げる。


「隣人だ」

「すっこんでろ」


 光太郎は少し考えた。


「そうもいかん」


 俺が一歩前へ出る。


「帰れ」

「断る」


 長ドスが抜かれる。

 男が踏み込んだ。

 刃が振り下ろされる。

 俺は半歩ずれた。

 刀を抜く。乾いた音。

 峰が男の手首を叩いた。

 長ドスが落ちる。


 横から別の男が重俊に向かう。

 重俊が刀を抜く。

 鋼がぶつかる。


「朝から物騒だな」


 刃を滑らせる。

 足を払う。男が転んだ。

 もう一人が俺へ来る。

 だが腕を掴まれる。

 光太郎だった。軽く引く。

 男の体が宙に浮く。


 次の瞬間。

 地面に叩きつけられていた。

 土埃が上がる。

 光太郎が首を傾げる。


「軽い」

「人間だからな」


 俺が答える。光太郎は首を傾げた。

 地回りたちの顔色が変わる。


「たった三人か」

「やれ!」


 短刀が光る。

 俺は踏み込む。

 峰が一閃。

 男が転がる。

 重俊が刃を受ける。

 押し返す。

 光太郎が歩く。

 敵の腕を取る。

 男の腕を回す。

 間接が鳴る。

 男が悲鳴を上げた。


「弱い」

「加減しろ」


 光太郎が襟を掴む。

 持ち上げる。

 首に手をかけた。


「終わりだ」


 俺は腕を掴んだ。


「やめろ」

「なぜだ」

「殿が怒る」


 重俊が真顔で言う。


「長屋から追い出される」

「なるほど」


 その時だった。


「あら困るわねぇ」


 長屋の入口。派手な女物の着物。

 長煙管。

 差配の夢之介だった。

 煙管きせるをくゆらす。


「ここで暴れないでおくれな」


 地回りが睨む。


「うるせぇ、この女形が」


 夢之介は煙を吐いた。


「鬼が来る前に帰りな」

「鬼?」


 丁度その時。


「冬之介か。達者か」


 静かな声。

 路地の入口に男が立っていた。

 着流し。脇差一本。

 小袖は絹。拵えは静かに美しい。


 殿――柳生宗冬だった。

 夢之介が振り向く。


「あら殿様。柳亭りゅうてい夢之介とかえましたのさ」


 宗冬が頷く。


「そうか。よき戯号ぎごうじゃ」


 地回りたちの顔が青くなる。


「……柳生だ」


 一人が呟いた。

 立ち姿を見た瞬間、誰もが分かる。

 静かな威圧感。

 ぞくりと背中が粟立つ。


「行くぞ」

「てめぇら覚えてろよ」


 誰もが一度は聞く捨て台詞。

 五人は足早に路地を去った。


 静けさが戻る。俺は刀を納めた。

 宗冬が三人を見る。

 その視線が光太郎で止まる。


 光太郎は腕を組む。じっと宗冬を見る。


「妙だ」

「何がだ」


 俺は眉をひそめる。

 光太郎は首を傾げる。


「よく分からん」


 夢之介が煙管を鳴らす。


「朝から騒がしい長屋ねぇ」

「俺のせいじゃない」

「拙者でもない」

「我でもない」


 三人同時だった。

 夢之介が笑う。


「じゃあ江戸のせいね」


 宗冬が静かに言った。


「章吉」

「はい」

「少し話がある」


 俺は肩をすくめた。


 どうやら今日は、長い朝になりそうだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ