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第五話 二人の失敗

 浅草の昼は相変わらず騒がしかった。見世物小屋の太鼓が鳴る。屋台が客を呼ぶ。人波が押してくる。

 俺はそれをかき分けながら、賭場の戸を押した。


「丁か半か!」


 壺の音と煙草の煙が迎えてくれる。柱にもたれていた小頭が顔を上げた。


「章吉か」

「親分いるかい?」


 奥へ声が飛ぶ。


「親分!」


 少しして権蔵が出てきた。腕を組んでこちらを睨む。


「何だ」

「日本橋の噂だ」


 権蔵の眉がぴくりと動く。


「義賊ってやつか」

「そうだ」

「わしの島じゃねえ」


 俺は頷く。権蔵は鼻で笑った。


「日本橋か」

「そういうことだ」


 光太郎が柱にもたれたまま言う。権蔵は茶をすすりながら肩をすくめた。


「俺の口から言えるのはそこまでだ」

「十分だ」


 少し身を乗り出す。


伝手つてはあるかい?」


 権蔵がじろりと睨む。威圧感たっぷり。でも宗冬の圧に慣れてる身には、もう普通の睨みに感じる。

 権蔵はため息をついて小頭を呼んだ。


「おい」


 耳打ちする。


「こいつなら日本橋の喜三郎も顔を知ってる。連れて行け」


 軽く手を上げた。


「有難い。恩に切る」

「面倒は持ち込むなよ」

「それは約束できねぇ」


 権蔵がまた鼻で笑う。俺たちは賭場を出た。


     ◇


 日本橋は浅草とは違う忙しさだった。商人が走り回り、帳場の声が飛び交い、荷車の音があたりに響く。


 俺たちは裏通りへ入り、小さな店の奥で喜三郎親分に会った。腕を組んだまま、こちらを値踏みするような目。


「浅草の連中か」


 低い声だった。俺は軽く頭を下げる。


「少し聞きたい」

「義賊だな」


 親分は舌打ちした。


「くだらねぇ」


 煙管をくゆらせながら続ける。


「浪人か。やたら多い」

「うようよ増えていやがる」


 煙を大きく吐く。


「大名をやたら取り潰した結果だ。だがよ。浪人が全部悪いとは思ってねぇ」


 顎をしゃくる。


「真面目に働く奴もいる。うちにも何人かいる」

「だが」


 視線が鋭くなる。


「断り無しで盗みを働くのは筋が違う」

「動く気は?」


 親分は鼻を鳴らした。


「動かねぇ」

「なぜだ」

「商家が嫌がる」


 それだけだった。俺は肩をすくめる。


「そういうことか」


 喜三郎は顎で外を示した。


「調べるなら勝手にやれ」


 話はあっさり終わった。


     ◇


 俺たちは裏道を歩く。しばらく行くと、傾いた古寺が見えた。門は開いたまま、庭は草だらけ。俺は中へ入る。


「浪人の寝床なら、こういう寺だ」

「人の気配がする」


 光太郎が膨らんだ掛け布団を剥ぐ。


 その瞬間——


「うおっ!?」


 黒い影が勢いよく飛び出した。


 ――にゃあああ!!


 猫だった。

 勢い余って光太郎の頭に飛び乗り、さらに飛び降りて逃げていく。

 光太郎が珍しく目を丸くして固まる。


「……あれは何という生き物だ」

「猫だよ! 普通の猫!」


 腹を抱えて笑い転げる俺。


「人を襲うのか」

「襲うっていうか……ただ驚いただけだろ」


 光太郎は頭をさすりながら真顔で言う。


「そうか。猫か……」

「いや、お前も普通に驚くんだな」

「当たり前だ。我も驚く」


 寺の中は他に誰もいなかった。ただ猫の毛だけがふわふわ残っている。

 光太郎は無言で猫の毛を払っていた。


     ◇


 次は普請場だ。槌の音が響き、新しい材木の匂いがする。


「浪人が多いな」

「生活」

「まあ、働いている奴らは真っ当だな」


 休憩中の人足たちの話しが聞こえてくる。


「義賊が出たってよ!」

「十人斬ったらしい!」

「空を飛ぶ!」


 呆れて苦笑する。


「もう妖怪だな。千両盗まれたのは本当だろうさ」


 光太郎が黙って聞いている。


「だが三百両ばらまいたってのは、誰が見た。噂だけだろ」


     ◇


「おい」


 振り向く。若い男が立っていた。喜三郎親分のところで見た顔だ。男は周囲を見回し、声を落とす。


「少し話がある」


 腕を組んで答える。


「何だ」

「妙な店がある」

「店?」


 男は頷く。俺と光太郎は顔を見合わせ、路地へ移動する。


「料亭だ」

「何が妙だ」


 光太郎が聞く。


「浪人が出入りしてる」

「客は?」

「少ねぇ。だが」


 少し間を置いて、男は続ける。


「灯りが消えねぇし、潰れねぇ」


 男は踵を返した。


「話はここまでだ」


 人混みに消える。俺は息を吐く。


「親分の気まぐれか」

「違う」

「何がだ」

「知らせ」


 光太郎は通りの奥を見る。


     ◇


 日が沈む頃。俺たちは料亭の前にいた。暖簾が揺れる。だが、客の声はほとんどない。灯りだけが妙に明るい。

 影に寄る。


「ここか」

「人がいる」


 戸が開く。浪人が出てくる。また一人。さらに一人。

 顎に手を当てる。宗冬の真似だが、今一つ様にならない気がする。


「客じゃねぇな」


 光太郎は店を見ている。時間が過ぎる。灯りは消えない。


「儲かってる店には見えねぇ」

「灯り」


 光太郎が言う。俺は匂いを嗅ぐ。


「煮炊きの匂いがしねぇ」


 光太郎は答えない。少しして言う。


「まだ分からない」

「様子を見るか」


 その時、裏口が開く。二つの影。


「動いたな」

「待て」


 光太郎が低く言う。浪人は通りを見回す。歩き出す。


「追うか」

「まだだ」

「逃げる準備に見える」


 その時、浪人の一人が振り向く。口元が歪む。笑った。


「……気づかれてるか」


 光太郎は答えない。ただ店の奥を見ている。

 灯りはまだ消えない。

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