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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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【短編】ヤンデレは愛されたい。~托卵離婚したから次は裏切られないように見張っていたが愛おしすぎる件~

掲載日:2026/02/18


男主人公視点。




 この腕に我が子を抱いた感動は、言語化が難しい。

 小さな小さな命。赤子を壊れないように包み込むように抱いた。


 俺の娘――――大事な大事な娘。


 俺は涙ぐんでいた。


 ――――実の娘じゃないと知らずに。


 幸せは、偽りだったのだ。



 きっかけは、血液型だった。

 俺はA型で、妻はO型。生まれる子どもは、A型かO型のはず。なのに、娘はB型だったのだ。


 おかしいと気付いた俺はすぐにDNA鑑定をし、妻の行動も興信所を使って調べてもらった。


 結果は、黒。真っ黒だった。


 妻は結婚前から元カレと繋がっており、娘もその男の子どもだったのだ。

 我が子だと思って抱いた感動が、全て偽りだったことを知り、絶望に突き落とされた。


 絶望もしたが、同時に怒りも込み上がった。


 証拠を突き付けて、結婚一年で離婚。多額の慰謝料を、双方に請求した。托卵の事実もあるので、その分の慰謝料も上乗せだ。そして間男の方は職場の方に内容証明を送り付けて、不倫を突き付けておいた。間男は、職を失えばいいと恨みを込めておいたのだ。


 元嫁の方は、何故か逆ギレをして、慰謝料が払えないとかなんとか言っていたが、元義両親に立て替えてもらって支払ってもらった。


「捨てるなんて酷い!! あなたを愛してるのに!!」

「何が愛してるだ、不倫した上に相手の子を俺の子として育てようとしたくせに」

「あなただって可愛がったじゃない!!」

「だが俺の子じゃないだろ!!」


 俺の子じゃない。そう言うのは、僅かにも情があるから胸が痛んだ。

 短い時間ではあるが、世話をしたのだから。偽りでもあっても、我が子だと思って幸せだったのだ。


 だからこそ、偽りだったと発覚した今、騙した元嫁が憎くてしょうがない。


「あなたがそんなんだから、私は浮気してしまったのよ!!」


 なんだそれは。支離滅裂な言い訳だ。

 もう聞きたくないと、俺は元嫁から離れた。


 ……疲れた。


 結婚をして、子どもが出来て、俺は世界一幸せな男だと思い込んでいた。

 なのに、実際は浮気をされて、托卵までされたアホな男だったのだ。


 幸せだと感じていたのに、全ては偽りだった。


 今度は、裏切られたくない。そうだ。見張っていればいいんだ。浮気をされる隙を作らない。浮気をしないように見張る。裏切らない人と結ばれる。



 幸せが欲しい。本物の幸せが欲しい。

 俺だけを愛してくれる人が欲しい。

 今度こそ、健やかなる時も病める時も、一途に愛し合えるような人が――――。



 俺は、一条(いちじょう)(まこと)。28歳。バツイチ。

 まだ若いながらも、有名食品メーカーの会社の部長というポジションに就かせてもらっている。


 ルックスには、自信がある。顔がいいと、今までモテてきたのだ。


 元嫁も、派手めな外見でモテる方の女だった。そして元この会社の職員。寿退社して専業主婦になったアイツは、俺が働いている間に不倫していたわけだ。


 離婚の話を聞いた仕事仲間達には、同情された。


 気にしないでくれ、と言いつつも、誰かいい人を紹介してくれ、と頼んでおいた。


 次の相手は、どこで見つければいいのだろうか。


 マッチングアプリか? 婚活サイトか?


 仕事で日々が過ぎていく中、片隅で考えている間に、転機がやってきた。


「部長、合コンしませんか?」


 若手課長から、合コンに誘ってもらえたのだ。


「合コンか……参加させてもらうか」


 今まで行く機会がなかったので、合コンは初体験だが、いい人と巡り合えるなら参加したい。


 そういうことで、若手課長がセッティングした合コンに参加することになった。


 参加者は、俺と後輩社員二名と若手課長。相手は、課長の大学時代の友人で独身女性を集めてくれたらしい。美容師とカフェの店員だとか。合コンという場でなくては、出逢いそうにない職業の女性達だ。


 そうして、セッティングされた合コン当日。


 店は、カジュアルなイタリアンレストラン。あとからやってきた女性陣の中の一人に目が留まる。

 長いであろう黒髪は、バレッタで一つにまとめていて、凛として背筋を伸ばした姿勢の女性。少し幼さを感じる顔立ちからして、年下のように見える。彼女は、物静かに口を開いた。


「初めまして、天宮(あまみや)優衣(ゆい)です」


 ふわりと花が綻ぶように、微笑んだ。



 あ――――この人がいい。



 それは、一目惚れだったのかもしれない。


 次の相手は、一目見て、この天宮優衣さんに決めた。


 天宮さんは、カフェで店員をしているフリーターだそうだ。歳は俺の三歳下の25歳。少し小柄だが、顔立ちが整っている方で、モテそうではある。だが、恋人はいないそうだ。

 長く恋人がいないため、今回誘ってもらった合コンに勇気を出して参加したと、はにかんで答える彼女は可愛らしかった。


 もしかしたら、俺は彼女を狙う獰猛な肉食獣か何かに見えたかもしれない。


 天宮さんに声をかけ続けると、若干彼女は身を引いていた気がする。

 天宮さん以外の女性に話しかけられた気がするが、適当な返事をしては、天宮さんだけに集中していた。


「天宮さん。連絡先、交換してくれませんか?」


 完全にロックオンした俺は、スマホを取り出してニッコリと笑いかける。

 少し火照った頬を気にした様子の天宮さんは、おずおずとスマホを取り出して、連絡先を交換してくれた。俺にアプローチをされて、照れているようだ。ますます可愛い人だと思った。


 一先ずは、ここまでにしよう。


 天宮さんの反応からして、俺にアプローチされることは嫌ではないらしい。むしろ、好感触だ。

 連絡先を交換したので、日を改めて二人で食事に行かないかと誘う。


 そして、お互いのことを知り合うために、その食事に行った際に話した。


 実はバツイチになったばかりだという話も、早すぎたかもしれないが打ち明けた。もちろん、元嫁の有責だと話しておく。浮気は絶対に許せない、と匂わせておいた。


 天宮さんは俺のバツイチ事情を聞いて、なんと言えばいいかわからなさそうな表情もしていたが「私も浮気は許せません」という言質を聞く。


 言ったな? 絶対に浮気はするなよ?

 俺はそうニコニコしながら、心の中で告げていた。


 まだ会って二回だからなのか、天宮さんはあまり踏み込んでは来ない。俺のバツイチ事情もあまり深く追及しなかった。眼差しは気遣っているようにも見えたから、きっと俺の心の傷に触れないようにしてくれたのだろう。優しい女性だ。


「そうだ、今日食事に付き合ってくれたお礼に、これどうぞ」

「え? わぁ、ありがとうございます」


 前回会った時に、彼女のスマホについていたストラップ。某アニメのスライム。

 そのスライムのぬいを入手して、中に盗聴器を仕掛けておいた。


「鞄とかにつけてくれたら嬉しいな」


 俺は笑顔でそう誘導すると、彼女は素直に聞き入れてくれたのだ。

 黒のシックな鞄に、スライムのぬいをぶら下げる。大人な女性の鞄に、アニメのぬいストラップがついた。それでも、天宮さんは嬉しそうだ。

「ありがとうございます」とまたお礼を伝えてくる天宮さんは、嬉しそうに微笑んだので、俺も微笑みを返した。どういたしまして。


 ……ああ、本当に可愛い。笑顔もそうだが、こんなプレゼントで喜んでくれるなんて。可愛い。


 前の妻だったら、絶対にブランド物でなくては喜ばなかっただろう。

 中に盗聴器を仕掛けていることに多少なりとも罪悪感が湧くが、喜んでもらえた嬉しさが勝った。


「送ります」

「いえ、大丈夫です。人通りも多いですし、遠くはないので」


 食事を終えて、家まで送ろうと提案したが、遠慮されてしまう。

 あまり強引過ぎてもいけないと思い、身を引いた。


「では気を付けて。また会いましょう」

「一条さんも。また」


 ぺこりと会釈をして歩いていく、天宮さんの後ろ姿が見えなくなる前に、俺も歩き出す。もちろん、天宮さんのあとを追う。

 尾行なんて初めてだが、天宮さんを見失わないように、そして追われていることに気付かれない距離を保って、家を特定した。アパートの二階の部屋だ。

 イヤホンを耳にはめて、盗聴器の音を確認する。


『ただいまー』


 ドアを開けて閉めた音が聞こえたあとに、天宮さんの声がした。


 まさか、誰かと同居しているのか? と疑ってしまったが、返事は聞こえなかった。

 一人暮らしだと聞いていたし、きっと習慣でただいまを言っているだけなのだろう。

 そう思うと、少し可愛いと思い、口元が緩んだ。


 しばらく、物音が聞こえるだけで、彼女の声は聞こえてこなかった。俺は彼女の部屋の窓が見える位置を探して、見上げてみる。灯りがついていた。


 俺はメッセージを送ってみることにした。


【今日はありがとうございました。無事に帰れましたか?】


 すぐに返事は来ない。どうやら、入浴しているらしい。粘って待ってみるか。

 三十分ほど待つと、ようやく既読がついた。


【こちらこそ、食事楽しかったです。ありがとうございました】


 そう返事が来る。


【無事に帰りました。一条さんは?】

【俺は寄り道してます】


 帰った、では嘘になる。なので、寄り道をしていると返事をしておいた。

 すると、ブオオオン、という風のような音を盗聴器が拾った。

 入浴のあとだから、髪を乾かしているのだろう。これはドライヤーの音だ。


【今日は寒かったですし、お風呂に入って温まってください】


 ニコ、という絵文字を入れて、メッセージを送信。

 ブオオン、というドライヤーの音が止まった。


【もう入り終えました】


 にっこり! の絵文字を返される。

 報告してくれたことに、俺もにっこりしてしまう。


【しっかり髪を乾かしてくださいね。風邪を引かないように】

【はい。一条さんも、寒い夜ですし、風邪を引かないようにしてくださいね】


 天宮さんは続けて【気を付けて帰ってくださいね】と気遣いのメッセージを送ってくれた。

 確かに寒空の下は冷えるが、そのメッセージから優しさを感じ取って、胸が温かくなる。

【気を付けます】と返事だけをして、俺は彼女の部屋を見上げ続けた。


『はぁ~!』


 急に天宮さんがドデカいため息を吐き出したから、少し驚いてしまう。


 なんだ? と困惑している間に、またドライヤーが稼働する音が聞こえてきた。


 今のは何のため息だったのだろうか。


 今日のデートに不満でもあったのか?

 俺とのメッセージが嫌になったとか?


 マイナス要因を考えて悶々とした俺は、次のメッセージを躊躇った。

 でも今日の食事は楽しかったと言ったし……。まだ一回目のデートだからと割り勘したせいか? ちゃんと家まで送らなかったせいか? 何のため息なんだ? とグルグル思考が回ってしまう。

 そうだ。次の約束をしよう。それで反応を、盗聴器で確かめればいい。


【よかったら、次は映画に行きませんか? 今人気のアクション映画に興味はありませんか?】


 映画は好きだと聞いたから、興味さえあれば頷いてくれるはず。


【『バイオ』ですか? それならもう観てしまいました】


 汗の絵文字を使って、返事をくれた天宮さん。

 もう映画を観てしまったのか。


『あー……残念』


 え? 盗聴器から聞こえた彼女の声に目を丸くする。

 残念? それはつまり、俺と映画に行きたかったという意味か?


『もう少し早ければなぁー』


 思わず溢したような独り言を聞き、期待を膨らませてしまう。


【残念ですね。他に観たい映画があれば、一緒に観たいです】


 俺はなんとか映画に誘うも、【今はないですね】と返されてしまい、撃沈。


【では、お勧めの焼き鳥屋でお酒を飲みませんか?】

【いいですね。ぜひ】


 ちょっと色気がないかもしれないが、楽しくお酒を飲む誘いを受けてくれた。


 よし。次回は、酔わせてたくさん話を聞こう。

 なんなら、家に送らせてもらい、ついでに家の中に入らせてもらって、さらに盗聴器をつけさせてもらおう。


 そう計画を頭の中で立てて、しばらくメッセージを送り合った。

 やがて、部屋の電気が消えたので、俺も帰宅することにした。



 天宮さんが働いているカフェは、個人が経営している店で、お洒落で物静かな雰囲気のカフェだ。

 予め、メッセージで今日働いていることを確認した俺は、仕事の帰りにその店に寄ってみた。


「こんにちは、天宮さん」

「いらっしゃいませ、一条さん。仕事の帰りですか?」

「はい。一杯飲みたくて、寄らせていただきました」

「ありがとうございます。好きなお席にどうぞ」


 店に入ってきた俺を見るなり、目を真ん丸にした天宮さんの顔。可愛い。

 カフェ店員の落ち着いた緑色のエプロン姿も、似合っていた。今日は髪型を、ポニーテールにしている。


 好きな席に座っていいと言われたので、空いていたテーブル席についた。

 片手でメニューを持ち、もう片方でスマホを操作。帰った客の席を片付ける天宮さんを、カシャリと撮影。働いている横顔。綺麗だ。何枚か撮ったあとに、天宮さんが片づけを終えたので、手を上げて呼びつける。


「ご注文、お決まりですか?」


 にこやかに接客してくれるその顔も、正直写真に収めたい。

 グッと堪えて、俺はコーヒーを一つ注文した。


 それから「お仕事は何時までですか?」と、天宮さんに確認する。

「もうすぐ上がりです」と返答が来たので「では、夕食を一緒に食べませんか?」と誘ってみた。


「いいですね。また一緒に、食事に行きましょうか」


 笑顔の天宮さんが快諾してくれたので、俺は内心で大喜びする。

 コーヒーはゆっくり飲むことにして、天宮さんの仕事上がりを店内で待たせてもらうことにした。


「これから上がります」


 時間が来て、天宮さんが俺の肩にそっと手を置いて耳打ち。


 正直、ドキッとした。急な接近とボディータッチ……あざとい。

 こんな可愛い女性に、恋人が長年いなかったなんてあり得るか……?


 気になってしまった俺は、盗聴器を確認してみた。

 イヤホンから聞こえてくるのは、従業員と話している天宮さんの声だ。


『天宮ちゃん、あれカレシ?』

『いえ、まだ……カレシではないです』

『まだってことは、これから~!?』


 まだ……カレシではない。けれども、これからは……。


 という希望がある。いや、この場合、期待か。期待出来る。

 この調子で、天宮さんの気持ちなどを引き出してくれないだろうか。

 俺はイヤホンに集中した。


『とってもかっこよくていい人なんですけど……私には、もったいないくらい素敵すぎて……』

「っ……!」


 いきなり褒められて、熱くなるのを感じた顔を片手で覆う。

 そんな風に思われていたのか。物静かなのは、言い換えるとクールにも見えて、俺をそれほど魅力的だとは思っていないとまで自己判断していたから、嬉しい誤算。ちゃんとこのルックスは、天宮さんに効いていたようだ。


『きゃ~! 惚気? 恋愛してぇ、このこの~』

『茶化さないでくださいよぉ……』


 からかう同僚に、むくれたような声を出す天宮さん。

 こんな幼いような声も出すのか。……可愛いな。

 どれくらい親密になれば、そんな素を曝け出してくれるのだろうか。


『好きなの? ねぇ、好きなの?』


 ドキッと心臓が跳ねて、俺は耳を澄ませる。


『えっと……はい、好きです……』

「っ……!!」


 小さな声量だったが、確かに盗聴器は天宮さんの声を拾っていた。

 キュンと胸の中が締まり、ちょっと声が出てしまいそうになって、口を押さえる。


 可愛い……! 可愛すぎる……!!


 一体どんな顔でそんなことを言っているのだろうか。見たい。とても見たい。

 きっと頬を紅潮させて、照れたように目を伏せているんじゃないだろうか。


 想像するだけでも可愛すぎる……!

 俺だって、好きだ……!


 スゥー、と息を吸い込み、フゥー、と吐き出した。深呼吸で落ち着かせる。


 その後も、からかわれた天宮さんは慌ただしく店の裏から出たらしい。そして、カフェの窓の外から手を振ってきた。俺は店を出て、天宮さん合流。そして、二回目の夕食を共にした。


 今日も、家まで送ると申し出たのだが、断られてしまう。


 けれども、また尾行をして家までついていく。


 家の外で盗聴し、メッセージのやり取りをしながら、灯りがついた窓を見張る。

 就寝する頃には、俺も帰宅した。


 夜ベッドの中に入って、今日撮った天宮さんの写真を見ながら、考える。


 もう交際を申し込んでもいいんじゃないか?

 なんせ、両想いだ。


 ……いやしかし。天宮さんは俺のスペックに引け目を感じている様子も伺える。


 怖気づかれたら、断られる危険性もあるのだ。まだ慎重に関係を進めるべきだろう。

 天宮さんの過去の交際歴も、調べられていないし……。


 次、飲みに行く時に、思い切って尋ねてみよう。



 そうして、お酒を飲む約束をした当日。

 口を軽くさせるためにも、天宮さんにどんどんとお酒を進めた。逆に俺は飲んだふりをしてセーブをする。


「実は、高校時代から恋人がいなくって……」


 おかげで、長年恋人がいない話を聞けた。


「高卒で就職してから、慣れるまでそれどころじゃなくて……気付いたらこの歳になっていました」


 ちょっぴり悲しそうに言う天宮さん。


「天宮さんは、とても素敵で魅力的なので、さぞ学生時代からモテていたでしょう?」


 天宮さん自身が恋愛をしようとしなかっただけで、男が寄り付かなかったわけではないだろう、と疑う。


「どうでしょうか……学生時代で告白……あ、仕事中に電話番号を渡されたことがありましたね、一回」


 首を捻って思い出そうとした天宮さんが、途中で思い出して答えてくれた。


 ……やはり、カフェ店員の天宮さんにナンパする男がいたのか。ジェラシー。

 今後は、余計な虫が湧かないように見張らないと……。


 浮気をする機会を潰す。徹底的に潰す。


「へぇ……実際にあるんですね。そういうナンパ」

「一条さんの方が経験してそう。ナンパされないんですか? 道端で連絡先を聞かれるとか」


 生返事のような相槌を打ってしまった俺に、酔いが回って口が緩んでいる天宮さんが冗談めいて笑いかけてきた。


 酔って気が緩んだ顔、可愛いな、おい。


「俺はガードが固すぎるのか、全然経験ありませんよ」


 にこっと返しておいた。浮気の心配をさせないと、暗に言っておく。


「一条さん、素敵なのに……」


 酔いで潤んだとろんとした目で見つめられて、ドキッとした。


「ありがとうございます。天宮さんも素敵ですよ」


 そう返すと、天宮さんは照れたように小さくはにかんだ。

 キュンと胸の奥が締まった。可愛い。愛おしい。


「天宮さん……下の名前で、呼んでもいいですか?」

「え? あ、はい……どうぞ」

「では、優衣さん。俺のことも、どうぞ気軽に真と呼んでください」

「なら、私も……真さん」


 また天宮さん、ではなく、優衣さんは小さくはにかんだ。


 キュン。好きだ。付き合ってください。


 交際を申し込みたくなるが、グッと堪えておく。

 まだ早いかもしれない。急ぎすぎてはいけない。


 スペックの差で気後れしているようなので、その点を気にしないほどに自分に惚れさせたい。いや、十分惚れてくれているのでは? 自分もアルコールを摂取しているから、思考が鈍くなっているかもしれない。けれども、十分優衣さんは俺に心を開いてくれている気がする。


 その証拠に、今日は家まで送ると言ったらオッケーが出た。

 少し頭がふら付いている優衣さんを心配して、手を繋ぐことを提案してみると、おずおずと手袋を脱いだ手を差し出された。俺も手袋なしでその手と繋いだ。

 防寒はしているが、手を繋いでいるだけで、ホクホクと温かさを感じた。ドキドキと心臓も高鳴っている。


「寒いですね……」

「そうですね……」


 きゅ、と繋いでいる手を握り締める。

 互いに口数が少なくなって、ほぼ無言の帰り道になった。


 ここで交際の申し込みをしたくなるが、またもやグッと堪える。


 優衣さんも、いつ交際を申し込まれるか、実は身構えているのではないだろうか。


 そうこうしているうちに、優衣さんの家に到着した。その頃には、頭を揺らしていた優衣さんは、酔いのせいかウトウトしていたので、自然な素振りで家の中まで支えていく。


 よし。優衣さんの部屋に入れた。

 よく片付いたシンプルな女性の一人暮らしのワンルームだ。

 あ、優衣さんの好きなスライムキャラのクッションがある。


「あ、お茶でも飲みますか?」


 俺に気を遣うも、ソファーに腰を一度沈めてしまったら、ぐでんと脱力してしまって、今にも寝落ちしてしまいそうな様子の優衣さん。


「大丈夫ですよ。むしろ、優衣さんが飲んでください。水分補給をしてしっかりして休んでくださいね」

「はい……」


 むにゃ、と緩んだ眠そうな顔の優衣さんが、可愛い。


 許可を得て、冷蔵庫を開けるとラベルのないペットボトルがストックされていた。これが普段の水分補給用のミネラルウォーターのようだ。それを優衣さんに届けた。


 すっかり眠気に襲われている優衣さんは、自力で蓋を開けられないようだったので、代わりに開けてあげる。「ありがとうございます」とへにゃりと笑う彼女に「どういたしまして」と笑顔で返しつつも、鞄から取り出したコンセント型盗聴器を、ソファーの後ろのコンセントにはめ込んだ。よし、彼女の部屋にも盗聴器を仕込めた。


 優衣さんが水を飲んだのも確認したし、これで帰ろうとしたが。


 コートの袖を掴まれて、引き止められた。


「帰って……しまうのですか?」


 潤んだ瞳の上目遣いと、しっとりとした甘い声。あざとい。

 何よりも心を鷲掴みにする可愛さ。


 これは……お誘いなのか……?


 社会人になってからはそういう経験がないと聞いていたのに、なんてあざといんだ。


 ああ、やっぱり。彼女を放っておくのは危険だ。



 早く俺のものにしないと――――。



 他の男が放っておかない。こんなに可愛い人なのだから。


「いても……いいのですか?」


 引かれるがままに、ソファーに腰を下ろして、隣から尋ねてみる。


 恥ずかし気に俯く優衣さんの顎を掬って、視線を合わせた。


 見つめ合う。その間、酔ったままはいけないと頭の中で理性が訴えかける。


 けれども、そっと優衣さんが瞼を閉じて身を委ねるものだから、初めてのキスだけをすることにした。


 初めてのキスは、まだ唇が冷たく感じたが、啄むように何度も重ねていけば気にならなくなった。


 優衣さんの返しはぎこちなくて、息も絶え絶えになる。その不慣れさも、可愛くてしょうがない。


「……好き、です」


 唇を離すと、優衣さんが溢した。


「俺もです、優衣さん」


 気持ちが溢れた俺はもう一度だけ、唇を重ねる。


 その日、俺達は交際を始めた。



 俺達の交際は、順調だった。


 交際を始めた日には、彼女の部屋に泊っていって添い寝もしたが、まだ身体の関係に至っていない。慎重に、関係を進めていこう。焦ってはいけない。


 けれども、会う度にキスをした。


 人目がある外でキスをすると、優衣さんは恥ずかしがったので、控えておく。

 しかし、牽制の意味も込めて、優衣さんが働く店の前で、たまにはキスをしておいた。


 優衣さんに近付く男はいない。ちゃんと盗聴器でも確認した。


 会えない日は電話をしたし、その分一緒に過ごそうと互いの家に行き来した。



 初めての夜は、高級ディナーのあとのホテルの一室。


 甘く情熱的な夜を過ごせた。幸せだった。


 この夜に贈ったネックレスは、優衣さんが普段使いにしていつも首につけるようになった。

 つけているところを見る度に、幸福感を覚える。


 俺が贈った物を身に着けているところを見るのは、いい気分だ。もっと贈りたくなる。しかし、あれもこれも買い与えてしまうことは、堪えておいた。


 優衣さんの金銭感覚が狂うかもしれないし、欲に溺れてほしくない。何事もほどほどがいいはずだ。

 けれど、恋人である証として、指輪が贈りたくなった。

 あまり一方的に贈るのはよくないと考えて、相談する形にした。


「お揃いの指輪を付けないか?」


 その頃には、俺の方は敬語抜きで話をさせてもらえた。優衣さんの方は、俺の方が年上だからと、まだ敬語を使われている。


「婚約指輪みたいですね」


 はにかんで照れる優衣さんを見て、危うくプロポーズをしかけた。


 いやいや、結婚はまだ早い。


 優衣さんに断られる可能性が高い。落ち着け、俺。


「普段からつけられるようなシンプルな指輪を買おう」


 俺は、笑顔で提案しておいた。


 春になって桜の花びらが散るようになった頃には、お揃いのゴールドの指輪を薬指に嵌めて、手を繋いで歩いた。恋人の証の指輪と、恋人繋ぎ。

 幸せだった。順調だった。



 そんな幸せをぶち壊すような来客が、やって来た。


 いつものように仕事を終えて、会社を出ようとした時に「真!!」と呼び止められたのだ。


 嫌な声だと思いきや、元嫁がそこにいてげんなりと顔を歪めてしまった。


 元嫁はなんだかやつれたような姿をしているように見えたが、俺の知ったことではない。

 軽蔑の眼差しで見ている俺に気付いていないのか、縋りついてきた。


「お願い、真! 私とやり直して!! あなたを一番愛していると気付いたの!!」

「は?」


 肩を押しやって離すとともに、腹の底から絶対零度の低い声を出す。


「あなたも、私をまだ愛しているでしょ!?」

「愛してないが?」


 腕を掴まれたので、振り払って突き放した。


(あや)も、あなたがいなくて泣いてばかりなの!!」

「……娘じゃないから、俺の知ったことではない」

「そんな薄情なこと、言わないで!」


 娘だと思っていた子の名前を出されて、不快感でさらに顔を歪めてしまう。

 泣いてばかりって……まだ赤子なんだから当たり前じゃないか。


「彩にも父親が必要なのよ!!」

「俺は父親じゃない。実の父親のところに行ったはずだろ?」

「あんな男、なんの役にも立たない!!」


 どうやら例の浮気相手と上手くいっていないようだ。元々、元カレだったから、付き合いがないはずなのに。俺に慰謝料も払って、生活が苦しく余裕もなくなったのだろう。まぁ、どうでもいいか。


「帰れ。もう他人だ。付きまとうなら、警察を呼ぶぞ」

「何よ何よ! 真!! 一度は結婚してくれたじゃない!! またやり直しましょう!? 彩が可愛いでしょ!? 一度父親になったのだから、なってくれてもいいじゃない!!」

「っ……」


 そう。一度は父親になった。偽りだったとしても、短い間だったとしても、俺は父親として彩を育てていた。

 幸せだと思っていたあの瞬間に、情があるからこそ、胸が痛む。


 すると、そこでまた俺の腕を掴んだ手が、振り払われた。


 目を丸くする。俺と元嫁の間に立ったのは、優衣さんだった。


 俺が優衣さんが働いているカフェまで迎えに行くように、優衣さんもたまに俺を会社まで迎えに来てくれるのだ。今日は優衣さんが休みの日。こうして待っててくれたみたいだ。会社を出る前に、GPSで確認していたのに、元嫁の登場で忘れていた。


 元嫁とトラブルになっているところを見られてしまい、焦りが走った。


「誰よ、アンタ!」


 元嫁は、優衣さんを睨みつけた。


「真さんの恋人です」


 普段物静かで、他人と喧嘩なんてしなさそうな優衣さんは、堂々と胸を張って言い放った。

 元嫁は恋人と聞いて一瞬は怯んだが、すぐに噛み付く。


「どうせ真のお金目当てなんでしょ!? 別れなさいよ!!」


 優衣さんと別れるなんて考えられない。頭に血が上りそうになったが。


「あなたに言われたくないですよ。優しい真さんに、これ以上付きまとわないでください。あなたは真さんを裏切り、騙してきた。もう傷付けないでください」


 小柄だから小さく感じる背中なのに、優衣さんの後ろ姿はかっこよくて頼もしかった。


 目の前が、チカチカと煌めいた気がする。


 そんな時。元嫁が、手を振りがぶった。

 平手打ちすると気付いたから、俺はすぐに優衣さんを抱き締めて、元嫁から引き離した。平手打ちは空ぶった。


「おい。優衣さんに危害を加えてみろ。弁護士通じて、徹底的に叩き潰すぞ」

「ひっ!」


 唸るように低い声で警告をすると、よほど俺の睨みが怖かったのか、青ざめて元嫁は逃げ去った。


「怪我はないか? 優衣さん」


 俺は、すぐに優衣さんを確認する。どこも怪我していないとわかり、ホッと息をつく。


「真さんこそ、大丈夫ですか?」


 優衣さんが、気遣い気に見上げてくる。

 俺が傷付いていないか、慎重に探るように見つめてくる視線。

 娘だと思っていた子どもの話も聞こえていたのだ。俺も托卵には相当参った話を、優衣さんに打ち明けたから、心配してくれるのだろう。

 俺の心配をしてくれる優衣さんが、愛おしい。癒される。


「大丈夫……優衣さんのおかげだよ」


 そう微笑んで、頭を撫でた。


 元嫁には、もう二度と俺の前に現れないように、接近禁止命令を出させてもらおう。

 もちろん、俺の前に現れないのなら、優衣さんの前にも現れない。


 もう二度と、優衣さんに関わらないでほしいものだ。絶対に。


 気を取り直して、優衣さんと手を繋いで帰り道を歩く。


「優衣さん」

「はい?」

「同棲しないか?」

「え?」

「優衣さんと二人で暮らしたい」


 優衣さんへの愛おしい気持ちが溢れて、俺は同棲の提案をしてみた。

 目を真ん丸にする優衣さんは、考える素振りを見せる。


 焦ってしまったのか? 断られるのかと少し不安になったが。


「私も、真さんと暮らしたいです」


 そう優衣さんが、はにかんで答えてくれた。

 俺は思わず、優衣さんの腰を抱き寄せて、路上で口付けをした。


 こうして、俺は優衣さんと同棲を始めた。

 俺の幸せは、まだまだ始まったばかりだ。

 そして、そのうちに求婚して、結婚をして、優衣さんと愛の結晶を作って。

 本物の幸せを手に入れるのだ。


 優衣さんとなら、きっと。

 本物の幸せが手に入ると、俺は信じて疑わない。









◇◆◇



 二人暮らしの新居の部屋。

 優衣は、何気なく自分の鞄につけたスライムのキャラのぬいを手にして、ポツリと呟く。


「いつまで盗聴する気なのかな……」


 少しの間、見つめていたが「ま、いっか」と手を離した。



end


新年早々「ヤンデレ書きたい!!」となったので、

一発目の『執筆配信』で書き始めたのですが、

完成に、こんなに時間がかかってしまいました。


ヤンデレ化した男主人公なのですが、

なんだかんだでヤンデレ行動は相手にバレてる上に受け入れられていた、というお話になりました。


面白かったと思いましたら、リアクションとポイントで評価、よろしくお願いいたします! ブクマも大歓迎です!!


明日は「婚約破棄後に獣人王子に番として捕まる」お話を投稿予定です! こちらもよろしくお願いいたします!



2026/02/18

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